森雅秀著『マンダラの密教儀礼』

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巻 12

ページ 132‑138

発行年 1999‑03‑01

URL http://hdl.handle.net/2297/3068

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書評

森 雅秀 著         

『マンダラの密教儀礼』

(春秋社、1997年、231+索引・参考文献・図版目録21頁、本体2800円)

島 岩

はじめに

欧米におけるヒンドゥー教の密教(タントリズム)の近代的な研究のほうは、1950年代 以前にすでにSir John Woodroffeによる一連の著作があったとは言うものの、本格的な学 術的研究に関しては、[Sanjukta Gupta et al.,Hindu Tantrism, 1979][Teun Goudriaan and Sanjukta Gupta,Hindu Tantric and ´S¯akta Literature , 1981]を嚆矢とするという比 較的近年のものであるのにたいして、日本における仏教の密教の研究のほうは、日本がや はり仏教国であるせいもあって、主に真言宗の人たちを中心とする形で、ずっと早くから 行われてきた。その記念碑的な業績が、1920年代に出版された栂尾祥雲の『曼荼羅之研 究』である。この研究に代表される1955年以前の時期を、日本におけるマンダラ研究の 黎明期だとすると、その後の研究は、日本美術の研究者によるマンダラ研究(1955-1975 の図録出版の時代)、チベット等のマンダラの紹介(1975-1985の海外からの衝撃の時代)、

心の時代あるいは密教ブームを背景とするマンダラの統合的な解釈の時代(1985-1995、そ の代表的業績には、松長有慶『密教・コスモスとマンダラ』、立川武蔵『曼荼羅の神々』、

頼富本宏『密教とマンダラ』、田中公明『曼荼羅イコノロジー』などがある)を経て、現 在また新たな時代にさしかかっている。すなわち、仏教学や美術史家ばかりでなく、人類 学や考古学、宗教学、心理学など他の分野の研究者との共同研究という形の学際化への方 向と、それとはまったく逆の細分化・専門化への方向との併存という時代になってきてい るのである。

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めつつ、扱っていこうととしているように思われる。すなわち、その専門化の方向とは、

一つには、本書のタイトルにもなっているように、これまであまり扱われてこなった密教 儀礼のためのマンダラという側面の強調であり、もう一つには、経典や注釈書などの文献 に基づくマンダラ解釈の重視である。そしてこのうち、前者に関しては、マンダラと関わ る密教儀礼として、弟子の入門儀礼アビシェーカ(灌頂)と仏像であれば開眼供養に寺院 であれば落慶式に相当するプラティシュターが、もっとも重要なものだとされている。そ のためその結果、本書の構成も、この二つの儀礼が中核にすえられるような形になってい る。すなわち、第1章「マンダラとは何か」でまず、先に紹介したようなこれまでの研究 史とその流れのなかでの密教儀礼研究の今後の重要性について述べ、次に第2章「インド の宗教儀礼」で、ヴェーダ儀礼とヒンドゥー儀礼という仏教のものとは異なる宗教儀礼と の比較の上で、インド仏教の密教儀礼の特質を明らかにし、その上で、第3章「マンダラ を作る」と第4章「マンダラの図像学」で、具体的なマンダラの描き方を文献に基づきな がら紹介したのち、次に第5章「聖別の儀礼」では、そのマンダラを用いて行われるアビ シェーカとプラティシュターという二つの密教儀礼について論じ(ここが本書の中核部分 である)、最後に第6章「拡大するマンダラ」において、マンダラ的構造はたんにいわゆ るマンダラのみに限られるものではなく、寺院等の空間構造にも反映されているものであ ることが指摘して終わる、という構成になっているのである。そこで次に、各章の内容に ついて、少し詳しく紹介していくことにしたい。

「第1章 マンダラとは何か」

日本でマンダラというと、美術館や博物館に展示された掛図がすぐ思い浮かび、仏教絵 画の一つだと考えられることが多いが、中世インドの神秘主義的なタントリズムの勃興と ともに仏教で盛んになったマンダラは、本来は瞑想や儀礼において用いられたものであり、

たんなる絵画なのではない。それは、仏を中心とする宇宙の縮図であって、行者は、瞑想

(観想法)によってこの仏たちの住む聖なる空間のなかに一体化することによって、悟り に達するのであり、その意味でマンダラは、仏を中心とする大宇宙と行者という小宇宙と が一体化するための補助手段なのである。

現在のマンダラ理解は、このような形のものが主流であるが、著者は、このようなマン ダラ理解が一面的であることを、「これらはすべて観想上のマンダラを想定した説明であっ て、儀礼のためのマンダラに対するものではない」として批判する。というのは、観想上 のマンダラはあくまで、現実に行われている儀礼のためのマンダラがあってはじめて、そ れを前提とした上で成立しているというのが、実際のことろだからである。従って、著者 は、これまで軽視されてきた儀礼のためのマンダラという側面を重視しようとするわけだ が、このマンダラを用いた儀礼には二つあり、それがアビシェーカとプラティシュターな

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のである。

「第2章 インドの宗教儀礼」

だが、アビシェーカもプラティシュターもともに、ヒンドゥー教においても中心をなす、

インドではきわめて基本的な儀礼である。そこでまず、インドの宗教儀礼一般のなかでの 仏教の密教儀礼の特質について、明らかにしていこうとするのがこの第2章である。

バラモン教あるいはヒンドゥー教の儀礼は、その宗教の性格の変化とちょうど対応する ような形で、祭火に供物を投ずることを通して神々に供物を捧げる供犠を特質とするヴェー ダ祭式から、神々を迎え、供物を捧げて接待し、お帰りいただくという形のプージャー(供 養)を特質とするヒンドゥー儀礼へと変化してきたが、次のような共通の一般的特徴を備 えている。すなわち、(1) 神々との交流を目的とし、(2) 言葉(たとえばマントラ)が重 要な役割を果たし、(3)ユニット構造で形成されているという点である。このうち最後の ユニット構造とは、たとえば、(1)神のお招き、(2)神の沐浴、(3)神への香等の供物の献 供、(4)神への食事の献供等の、儀礼全体の各ユニットを構成する要素が、さまざまに組 み合わせられることによって、小儀礼から大儀礼までさまざまな儀礼が組み立てられてい るということである。そして、このようなユニット構造等の先の三つの一般的特徴は、仏 教の密教儀礼においても共通に認められるものなのである。

このようにこの章では、仏教の密教儀礼の特質が、インドの宗教儀礼の一般的特質との 関わりで論じられており、ここでは特にその共通性が強調されているのである。

「第3章 マンダラを作る」

さて次に具体的に、マンダラを用いて密教儀礼を行うためには、まずマンダラを描かな ければならないわけだが、この章ではそのうちまず、マンダラそれ自体を描く以前に必要 とされるプロセスについて、『マンダラ儀軌書』に従いながら紹介されている。すなわちそ れは、「マンダラを描く土地の選定と浄化」(この際、土地の浄化のために穴を掘るときに は、土地を支配する龍ヴァーストゥナーガを傷つけたりしないよう細心の注意が必要であ る)、「土地の聖性を高めるための儀礼の執行」(なお、この儀礼の執行に際しては、特定 の経典に基づいてこれから描かれるマンダラが、この段階ですでに前提とされており、そ の意味でこの儀礼は、マンダラが基づく経典の内容の再現という形をとっている)、儀礼 を妨害する恐れのあるものを排除し、マンダラという聖なる空間の境界を明確に囲み込む

「結界」、「大地の女神ヴァスンダラーとの対話」、のちにアビシェーカやプラティシュター で用いられる「水瓶の準備」(なお、これに関して、なぜこのような早い段階で水瓶が用意 されるのかという点に関して、興味深い考察が行われているが、これに関しては本書をお 読みいただきたい)である。なお、この章全般にわたって特徴的なのは、ヒンドゥー教儀 礼の同種の儀礼(あるいは全体の儀礼を構成する同種の各要素)との共通性に関する目配 りと、一方では儀軌書という文献に基づきながらも、他方ではヴァーストゥナーガをコス モスととらえること等に認められる象徴性の高い解釈をも行っているという点とである。

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によれば、まず東西南北の四方に向かって伸びた直角に交わる2本の線を描き、さらにこ れと45度の角度で交わる2本の対角線を描き云々という形で始まって、三つの正方形(内 側から二つ目の正方形の内部が内陣で、二つ目の正方形から三つ目の正方形の間が楼閣で ある)の外をさらに三つの円が囲む(この三層が外周部である)ような形のマンダラの基 本線が描かれ、そののち内陣から外周部へという順で実際に図像が描かれていくのである

(なお、この箇所は、言葉で説明してもイメージのわきにくいことろであるが、この章で 著者は、もっとも数多くの図版を用いていて、理解の助けになるように最大限の工夫をし ているということを指摘しておきたい)。さらにもちろん、白、黄、赤、緑、青の5色の 顔料で彩色もなされる。また、平面に描かれてはいるが、これは立体的なものを描いたも のである。そのため、平面的に描かれてはいても、マンダラは一つの視点から見た姿には なっていない。すなわち、真上、正面、真横など、さまざまな視点から見られた姿が組合 わさった形で描かれているのでる。そして、このような複数の視点でマンダラが描かれて いるという点に関して、著者は、行者が瞑想の世界のなかで立体的な構造を持ったマンダ ラを作り出すという観想のプロセスにおいて、マンダラのあらゆる部分が行者にとって鮮 明なイメージで再現されなければならない、という実践的な要請があったからであろうと する説明を行っている。

なお、この章でも、内陣のパターンの一つとして車輪があるのは、インドの理想的な帝 王である転輪聖王のイメージを釈迦に投影したものであろう等々の、シンボリックな解釈 が随所で行われているが、この章では、ヒンドゥー教のマンダラの描き方との共通性につ いては指摘されていないので、シュリー・クラ派におけるシュリー・チャクラの描き方と 比較して、次のような疑問を呈しておきたい。まずその描き方は、基本的にはきわめてよ く似たものである。だが、仏教のマンダラが四角と円を基本とするのに対して、シュリー・

チャクラは三角と円が基本になっている(ここには、なにかシンボリックな意味の相違が 認められるのだろうか?)。また、シュリー・チャクラの場合には、それを内から外への 順で描くのか、それとも外から内への順で描くのかは、前者がk¯adiの流派で後者がh¯adi の流派とされるという大きな違いとして伝統的に認識されてきたのだが、仏教のマンダラ の場合には外から描くというやり方はまったくないのだろうか? また、シュリー・チャ クラを、たとえば紙に描いて容器に納め、それを身につけるとお守りになる(そのような 形のものをシュリー・クラ派ではヤントラと呼ぶ)というようなことは、仏教のマンダラ の場合にはないのだろうか?

「第5章 聖別の儀礼」

この章では、本書の中核部分となるアビシェーカ(灌頂)とプラティシュター(開眼供 養、落慶式)が扱われているが、マンダラが用いられるこれら二つの密教儀礼はともに、

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水瓶から尊格に水を注ぐという灌水がもっとも基本的な儀礼ユニットとなっているところ からまず、両者はともに、古くからの水によるイニシエーションにつながる水による聖別 の儀式として、シンボリックな形でとらえられている。

その上でまず、アビシェーカだが、これに関しては主に、『大日経』から『金剛頂経』を 経て、後期密教への歴史的展開が問題とされている。すなわち、アビシェーカの歴史的流 れを、『大日経』に見られた投花得仏(アビシェーカを受ける弟子が目隠しをしたままマ ンダラに花を投げ、花の落ちた位置の尊格が弟子の本尊に決定されること)と水瓶による 灌頂とからなる素朴なイニシエーションから、『金剛頂経』で示された再生儀礼の性格の 強化(アビシェーカによって新たな生を受けた弟子の命名式である金剛名灌頂など)を経 て、性的なヨーガに重点をおいた後期密教における四種の灌頂(瓶灌頂、秘密灌頂、般若 智灌頂、第四灌頂)への転換としてとらえるのである。

一方、プラティシュターに関しては、今度は、仏教の密教儀礼におけるプラティシュター の展開という視点からではなく、むしろ、ヒンドゥー教のプラティシュターとの比較という 観点から主に論じられて、その共通性が強調され、密教のプラティシュターが、ヒンドゥー 教のプラティシュターの影響下で形成された可能性が、指摘されている。だが、いずれに せよ、これだけ近接して論じられるこの両者の儀礼の論じ方の視点のずれは、読んでいて なんとなく違和感を覚えるところである。

なお最後に、「第6章 拡大するマンダラ」においては、マンダラ的構造はたんにいわ ゆるマンダラのみに限られるものではなく、仏塔や寺院などの空間構造にも反映されてい るものであることを指摘されているが、このマンダラ的構造が、都市の構造(たとえばカ トマンドゥ)にまで拡大されるということはないのだろうか?

終わりに

以上、少し詳しく本書の紹介を行ってきたが、最後に、この書評を書いていて、私自身 がどことなく言葉の使い方に困ったという点について触れておきたい。それは、「密教」と いう言葉と、「タントラ」あるいは「タントリズム」という言葉の使い方についてである。

この書評では、「仏教の密教」という言い方をしているが、それがなんとなく居心地がよく ないというか、おさまりが悪いのである。私自身はまず、仏教ではなくヒンドゥー教のほ うをやっているので、インド的なコンテキストでしか密教あるいはタントリズムについて は考えていない。また、ヒンドゥー教と仏教の密教あるいはタントリズムには、著者が一 貫して指摘しているように、多くの共通性あるいは大きな共通の基盤があるのだとも思っ ている。従って、インドのことに関してだけ言えば、「ヒンドゥー教の密教と仏教の密教」

という言い方をしようが、「ヒンドゥー教のタントリズムと仏教のタントリズム」という 言い方をしようが、それはかまわないだろうと考えている。だが、中国や日本の密教(ヒ ンドゥー教のものはないので、当然のことながら仏教の)をいったん少しでも視野に入れ ると、どうも「仏教の密教」という言い方がしっくりこなくなるのである。そしてこの問 題は、たんに言葉の使い方の問題にはとどまらないような気がしている。つまり、「密教

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