翁 餐 奪 謬 桑 釜

全文

(1)

翁餐奪謬桑釜

巻…七一卜第 号虎一十第

(號ご+八第)

大正元年十一月闘日護行

(2)

︷   〜

︷ ︷ ︵ +全會羅訣緯皇子計藻目次

O原著及實験

●肺チ摘出セル家兎ノ獲育状態並二血液所見︒

      ドク下ル

●藝轡北勢蕃討伐隊員ノ員傷︑

O通 信

竹中繁次耶  一一 井 人 雄 一六

●林︑山本両氏通信︒●淺野逮也氏通信︒●奥山義盛氏逓倍︒●秋田

泰氏溢信︒●那谷與一氏蓮信︒●卒原雲新氏通信︒●石川精一氏遭信︒

O校内雑報

  ●校内名所案内記︒●支那語講習會獲會︒●解剖遺艘追吊法會︒●蜥

  入生歎迎武術大月︒

F

へ ︷ O人 事

●諸角友平氏︒●駿河爾庸氏︒●加藤錠吉氏︒●石川精一氏︒●淺野

蓮也氏︒●韓居會員︒●居所不明會員︒

O會 告

●四十四年度十全會費牧支決算報告︒●明治四十四年度金澤馨學裏門

學校十全會費牧入央算表︒●明治四十四年度金澤嘱望選言學校十全會

費支出決算表︒●明治四十四年度金澤讐學専門學校臨時費支出決算表︒

●四十四年度十全會校外特別會員會費攻支決算報告︒●明治四十四年

度金澤磐學薯門學校十全會校外特別會負會費敬入決算表︒●明沿四十

四年度金澤留學一門學校+一三校外特別會員會費支出決算表︒●明治

四十四年度金澤讐學一門學校+全會校外資金決算表︒●校外特別會員

會費調書︒

○ ︶ ぜ

(3)

ノ適否如何ニァリ㍗ハ名高キ刀圭者ノ言ニシテ確乎不抜ノ件タリ第一繍帯

ハ、ヲチ防腐塵置ノ要求スル所ニシテ其ノ所作央シテ難事ニアラス其ノ眞意

チ知り其ノ方法チ講セハ以テ足ゆ一言ニシテ鑑サバ員傷⁝直二無菌繍⁝帯チ以

テ創傷チ密閉スルニァリ而シテ其ノ非才タ〃ヤ多クノ揚合議於テハ丈明國

戦二於クル如〃敢テ揮雨ノ⁝場裡二於テ時火チ顧〃ホ駆繁忙ナルニアラサソ

バ至難ノ業ニモアラサル︵シ

員傷農時如何ナ〃威置テ施スヘキカバ本島人ノ辮︵サ〃モノ多シ戦圏酌ナ

ル碁敵蝿チ意二介セサ〃程勇敢ナルハ可ナリ然ソトモ鮮血流ソ肉片ノ飛フ

チ見テ周章狼狽爲ス︵キチ知ラサ〃ハ不可ナリ斯〃ノ如キハ⁝進化セル今H

甚ダ要チ得サッモノトス敵揮命申スソバ必ス均体ハ殿損セラル・ナリ然〃

二危瞼ノ地二臨ミ爾何等之二要スル材料チ有セス員傷ス〃ヤ勇邊ノ衣類チ

以テ創面チ被ヒ三七スナクンハ哀チ乞ヒ他チ喚フモノアラバ果シテ⁝戦闘口貝

タリ下構シ得〃ヤ

叉隆勇線前進二當リテ傷者ノ第一期二偽ス所甚ダ寒心ス︿キモノア〃チ聴

ク三々トシテ流ル・出血チ止メソ事シテ漸創二手指衣類布片チ貼ス〃モノ

アリ血ノ創ロヨリ噴出スシモ止血ノ法チ心得スシテ途二屍チ樹蔭草間二横

フモノアリ可欄一指塵己一二命チ救フノ法チ知ラサリシナリ

其ノ他貴要臓器ノ員傷者チ運搬ス〃モ可及的其ノ動揺チ防グ必法チ講ス〃

ハ亦殴酋ノ求ムル所ナ〃モ須グ先ソ第一期腱置ノ完全チ計〃︵キナリ

我力軍隊二於テハ須要ナル救急法ヲ敏育シ戦時締帯包チ携行セシム然レバ

警察隊力討伐行動チ開始スルニ際シテハ當局者ハ軽量二封シ此等二關スレ

何等カノ方法チ講ス膨ノ必要アラム乎 嵩呂==■■嵩=哺==昌==琶匿回==昌旧===鴨===鰯=■==一哺01昌馴騨

勧林︑山本両民通信

︵入田智証氏宛︶

長途の族行も以御蔭海陸無事昨午後二時佛濁の國境秘喩セ2四時孕當製

、ズ

n紫黒に安着致し助教授に出迎へられ御世話に相成野島候何れ近々野

地な山⁝﹇饗熱度落晶看傭7μ︐ハイ三二べ〃司も土小六確かε決定致し兼ね候ヘマヤも

不日決定致す筈に候只今林兄と市内を見物して蹄三兄の噂なご卜居乾乳に

御座三三三三三三の飾皆様へ宜敷御三三下度一一両人宛の総バカキば三見

致し懐しく感じ申状       山︐本 直 枝

去廿九日附の緯葉書御落手の事ε芸事幡て待ちに待ちカる山本君昨夕無事

安着ぜられ久々にて金澤の状呪も聞き快談時の移つるな知らす勇金澤に在

るの思致候貴兄よりの総バカキばいつれも全兄に見ぜ申候間御安神部下度

ロバ今ば散歩より鰭り之秘認め候虚に御座候何卒知己各位に宜しく御三聲頴

上候         濁三三︑ストラス酒図グにて   十月三日         ︑林   篤

⑳淺野.潅劉也氏﹁通信  ︵石玉太作宛︶

  ︵四十三年卒業り京都大墨生理薬室研究中︶

       其 一

漸く族装な解き象る昨今に候へば足乗だ郊外の如何な知ちす況んや地理や

入情なやされご目に映じ耳に入ろ二審か直箆の感想も無きに饗す秋の夜長

︵麺 信︶第十七巻  第十一號  三五七第入十ご號二五

(4)

︵通信︶

第十七巻 第十一號 三五入

第八十二號一二六

のしさびに勿々一端な物して御笑草に供覧仕候

庵ば都の西北隅吉田凶ビ申す小丘の麓に有之候吉田山ば郷里藪田の後山位

の小丘にして赤土の肌︑松之れが髪カリ扁螺の蔭濃也山下市中の一隅心学

下ぜられ候近く比叡の山に得して呼べば答へむミす山腹に吉田赫批︑宗正

騨祉竹申稻荷なごの祠あり︑黒谷寺︑眞如堂なごの巨刹叉丘の裾仁建つ︑

朝夕梵鐘木魚の聲やら悲話太鼓の音やらが飴韻搦々山に水にうれりを傳へ

て耳に入り候﹁インクライン﹂動物園︑美術舘なご叉程遠からざる所にあろ

由聞けば猫未不足葎蓮ばす何れ散策曳杖に樂み淺こし居り候︑仰げば四面

肱々起伏するの峰轡線を滴へ雲な呼びて盤つあり而して加蔑の清流握々εして市井の俗塵奄一撫す静かにして清麗なる都ば先づ直畳ぜられ候思ふに

桓武雫安朝露來の文學美術も實に此の秀麗の裡に二幅か吸って養ばれたろ

華に露ならざる︑︑ミを目の計り感ぜられ候申ず迄もなく東都の活きノ\し

流るに比してば入門風物宛なから眠むれろ如くに候へ共沈静笹戸の様に一

種奥床かしき情趣な感ぜしむ卒將下説門をして比叡鑑識に立ちて﹁蓋大の

忍男7工皐秘なすの所に非す﹂ε歎ぜしめれるも⁝買に無理ならぬ事ピ孟子へ

共棄都に塵を吸つぬ浪人今や此の地の清明に溶し加茂の備な飲みで一時の

金談に弔うもの人生蓬路の歴史に面白き思出の貢な描くこ亡︑存じ居り候

一度杖を曳かむか所謂古跡墨譜名所ご申すもの々誉れむにば月も猫足らざ

らむ金閣寺銀閣寺ば云ばすもかな何々寺何々三面何々陵墓等追てば何れ頭

購の裡に印象な止め度く存居候面白きば古事史實に縁深き都丈けに道の閉

り町筋にも近衛通り書か︑瀞樂岡ビか萬里小路εか眞如堂前書か日河通り

定か入学前ビかの史的亡申さむか詩的定申さむかヒヨソナ名前の詣りか多

く目に入り候小子の庵ば無骨坂ε申す威の一草庵に候道理で朝夕紳士太鼓

の立日か一種帥秘の⁝如きを瓦.に傳四へ候さなくビ・も古來蓮征の士思ひ出れリ㎝詩

人吟興湧く此の初秋の紳秘存ば比叡山下の浪人ぜして味ひ得るば奇しき様

εか申さなむ﹂ 松茸の出盛りに候彼庭此槌骨百屋の店頭週に入ろものば先づ見れ徐冷やぐビ呼ぶ繁り子の聲も香し氣に候北國下りの客人者にば誠に溝前に候始め一二日ば舌鼓か打ち候へ共何ぼう太牢の味なり定も二日も三日も朝晩績      む の め ゆく様に供へられてば腹の虫が承知ぜす雌頃ば早やマソタケ御免な営むり度く感ぜられ候呵々山永の秀麗前審ず通りに候威絵諜彫刻堂塔伽驚の建築等総て美術的分子に富めうん隅獲見ぜられ候山水秀麗地能生編入ミ申し候桃山︸御陵墓へば未だ痒灘酬の榮秘得す一叢へ共何れ彼地鞍壷地ミの問の事なれ︑ば機あらば氣な清めて参詣ぜむかミ存居り事大墨・へpμ十分内外μの隔⁝りに在り一度生徒の生理琴笛に臨席し力立り未だ内情詳しく知悉不致候へ共﹁ラボラ下りウム﹂に席潜占められ候事丈けに責めて﹁イタヅラ﹂にも有事少なからす候事ピ喜び居り候序に生理實習の群論な申さむに﹁カニー︵ソ﹂の頸部な切り開きて﹁ヲーグス﹂や﹁シンパテクス﹂な探し出し交々切蜥乃至電氣刺瀧心成して心臓︐血行︑呼吸に及ぼす﹁インネ〃バチチソ﹂な實見するもの一︑蛙の﹁ムスケ〃ネツフエソOプソパラート﹂にて電氣御焦な試みて﹁ツ噌グソグ﹂の模檬な揺するもの二︑噛加入の呼吸﹁プルス﹂︑﹁ス廿ソツエソス下ス﹂の﹁グッヴエ﹂秘描くもの上手︑尤も是等ば﹁ソマラヌ﹂事に候へ共ロバだ器機標本等多く整頓有之候へば之れに就て稲掛研究ぜば所謂百聞一見に如かざる鑑別かりもぜらる㌧事多からむε潰れな樂み居り極少時之れに座な置き次いで11﹁︵ミi﹂の方なごへ韓じ響く候猶解剖にば金澤出均の岡島ぜ申す先輩あり彼是東大の浴室的地位な・りしに比して便多からむかご存居り雨蛙々此れへも出入の考︑隔て何か﹁テーマー﹂な惚江って之れに︑就いて⁝調︒へむ考へに候時秋風轟々の候︑燈下相可親︑御健勝御感働の程奉廟所面輪々頓首御用あらば申遺にられ度候  十月十五日   京都紳⁝樂坂吉田町吉田舘方  淺 野 達 也

(5)

       其 二      ︐ ︵瀞緯科宛︶

久蓮疎.情に打過き伺候の禮も欠き勝ちに候御寛容願上弓颯々秋風の期燈下

筆硯盆々御清康の御儀ご奉遙察候次いてに叉御一統も例により御健在に.て

孜々御話學の事ミ察入慶賀此事に候引き反へて小子依然れる呉﹁下の醤阿蒙

〃録に今な継り麗な迎へ居り候筆†執.り見ゆ・るも實ば浦幌敷限りに候ロバ幸ひに

頑健加光罷在候頃日三浦内科な辞し野薄略加茂の漏りに露な移し候回顧一

年の夢江戸の客含に長眼な負り候塵左なきカに生來の鈍物家に倣ひ西に學

びカリミて別に攣ばりだきば明かなる事に候へ共議大に在って殆んご弧立

撃なりしに比してに此地多少の知ろべきもあり先進の士も有之候へば蒙を

措くに匡幾分便あらむかご存居り候二にば叉﹁グ〃ンド﹂の智識殆ご皆無な

ろ富め臨床の折にふれ事に諮りて不良不安少からざりしものから終自然の︐

必用に逼まられて黒影に逃げ伸ひ候次第に候爵治六る浅海の事固ごより何

から手奄つけて宜敷きにや誠に所謂望洋歎有之候へ共何れ同一的なろ理學

ミ繕すうものζ間にば彼是相互野路あろば明かなろべく一歩の無腰ぼ先づ

生理敏室に定め候幸ひに若し許容ぜらろ・・あらば引響き﹁︵︑・︑一﹂の室にも

御厄⁝・介に.可相成考へに■偉い解剖にbμ御承知の涌︸一り岡島取鼠兄の下山仕あり折々御噛

示導の梗もあらむかビ喜び居り在韓の虚何等定見も無之實瞼の﹁メ塾ーヂ

ッグ﹂や﹁ナハブクウフソグ﹂に追ばれ居り候歩み向ふ所是乎非乎識ろ所に

賦すロバ少時比叡山下の浪入書して朝夕麟鐘.の音な聞きつ㌧初秋紳秘に接す

るば奇しき縁に候一生の輕路に何かな思出多き歴皮の美な印する事ビロバ此

れ位の感想な懐き居り候

思ふに金城の地も秋色将に酬ならむミ奉存置馬も肥ゆこから︒津々自重加

餐の程希望に不堪候先ば疎音御歌ぴ荒々韓居御案内迄斯くの如くに候冷々

頓酋  十月二十二日      淺  野  迂  生︑ ⑳鼠→晦義盛⁝氏羅娼婦..︵佐々氷教授宛﹀   ︵四十三年卒業︑内科二部讐員︶

︵前界︶去九月十九日金澤登七尾行二番列車ば午前十一時十分全町に着き沁

こ㌦にて三崎隔離病舎行の紳経科那谷君ご訣な別ち小生に七尾警察署に立

寄り向田族舘にて馬長な喫し午後二時石油獲動機船に投づ

此日天氣清期海波静思進路迎ふるに銘にて切りぬり如斗・断崖を以てし其東

端に小ロ瀬戸な望む顧れば長く一角海中に突出し逡るに似たり翠松波に映

じ宛然忌中の人こなる艇に中途須曾に寄り佐波に着す全学ほ能登島の七尾

南轡に面ぜろ一小腸村外よリ本島唯一の坦路綾書入町にして七尾北轡に面

ぜる目的地向田に志す蓋し是本島の最小南北陸に殆ご一致寸亡︑伺田は本

島中の最大農村にして戸敷百五十申の島村役蠣郵便局の所在地にて今回十

五年目に再び本病流行秘見れうなりε能登島ば俗に島の地溝呼ぴ三島︑入

太郎島蝦夷島の別稽なり衷西三里南北ば廣狡均しからす惨落+八里横に長

く位し七尾濁存北四隅の三蓋に分ち富山轡ご大に瀬戸及小口瀬戸にて通す

島内三ケ村十九字戸撒約一〇五〇人口六千入百蝕あり電尾港より佐波.まで

四海里此間本縣唯一の海底電線みり毎日石油言動機船二回往復す故に比較

的開け居れこも猶淳朴にして赤痢患者及隔離病舎な恐る事甚しく逃げ近寄

ぢす往時島民製櫨な業ごぜしミ云ふε雌も今に漁農相字ばし海にば鯛︑鱈︑

鰭骨︑鯛︑海鼠な産し農ば来作な皆々し内地に移出す其他松弾け名物の一

にしてマンガン︑燐酸肥料な採出す徳川時代加点本島な五簡山守共に諦流

の地こなゼリ城山ε稽ずるもの四ヶ所ありて戦國の際遁識せし武士の匿居

ぜし趾ならん定頼朝の愛馬池月は向田の産ビ云ふ

病A胃ゆμ村を去ろ約一二丁丘陸の〆由甲曲腹繍縄甜戴山ハ陥棟のノ拙粟家根仮爪丁口厘よdフなり甘繭ハ一服駒

事務室に隣りて三局あり朝七時よ唾夜十時頃まで當所なって治療に從事

し飲食等鼓に便す一日申六七時間のみ十村して鷹援巡査等ミ民家に僅に安

︵逸信︶第十七巻  第十一號  三五九第八十二號︐二七

(6)

へ通 信︶第︸十・七巻  第㎝十一號   一二山ハ○第八十二號ご八

眼秘貧ろ患者累計四士一名中死亡構想︐全治退含十四名︑四名恢復室に轄

じ十六名望存す男十三三女二十八名叉五十オ以上十人小見十一入なり熟に

概して低く小腸型こも稔すべきものなく急性症状な欠き驚愕数多くも毎日

二三回に過ぎざるもの十四五名もあり

格別特異療法な施さす安静雫名望食竃法の外内服藥ミし︽下剤︑収敏捌に

親ます灌腸療法に信頼す紫苧水︑澱粉漿鋼な主εして用ふ少量粘液出浸し

て荏豊山ぜざるは最も焦心する所なれこも敢て憂へす自信の存すろ所に從

ひ蚕下に從損するのみ雫素責任の幾分を先生に若くる時ビば心地異なれリ

病舎ある丘陵より海潜な望み得れこも眼界狭く何等の壮観な値ひぜす只雲

間よ.り洩るく月影の冷かに森閑寂塞を嫉むろ際にば眞に宇宙の神秘に鯛ろ

㌧の感あらしむ叉風雨頻に至怒濤捻り松柏穿く時にば讐術の崇高犠牲的な.

るな痛切に悟らしめ一種の愉快藩儒ねしむ然し降雨の往復の困難實に名状

すべからず傘︑杖︑提灯ほ欠くべからす廻診も全国にて﹁ねば土に足駄ビ

られて傘ば飛び膝ば地にありぬれ鼠かな﹂の思ひあらしむろ事再三なり今

年仲秋名月は配所藁小屋のすき間より眺めなむ遮莫僅に世語二十里の外既

に隔世の感あらしむ

   思ひきやかくも憂しεば雨降りを

      隔離病舎の秋の夕暮れ

   今にれΨ聡ビつろ人もなきま\に

      月のみ我の私己なるらむ

       鹿島郡中の島村隔離病舎にて

  九月二十三日      奥 山 義 盛

㊥秋田泰氏通信 ︵紳纏科宛︶

︵掴十三年卒業︑小松興趣病院在勤︶ 揮啓その後に御無音に打すぎ申課も御座なく候然しながら特に御報道に償するの事件も登生仕らす患者も案の定蝕程の減少マ︑相見ね毎日閑散康卒に苦しむ有馬に御座候︵中暑︶野生當地に参り候ひし以來頗る珍らしき實瞼も無之候へ共只一﹁プロセソ下﹂の﹁コカイン﹂水点鼻にて中毒な起されれうにば勇の悪運ミ蝿レ2候二三日前には河中に頭部より墜落し糞うものにて人事不省にも隅らす候へしかご登語障碍あり顔面部な除きて全身の知腎管動の麻痺招旨し︵一〃月程前に外傷しれろもの︶た.るな診察仕リ候ひしが某讐に誓って沿癒ぜしむるミ云ひ某盤ば糖分押直ろε云ひ某讐に不治なり︑・﹂云ひて家人大いに迷ひ六る結果最後の聡鉢が野生ε來六る課に御座候然うに膀胱直腸障碍ばもミより手掌大以上の﹁デクビ下ス﹂まで襲生致し居り可なりの熱獲か毒し居るものにて小生も手な引つ込めれる次第に御座候

一昨日ば肋骨﹁カリエス﹂の患者罷り候て手術な希望致し候ま﹄エラソーな

顔な致して手術を言行致しれろこεに御座候へ共何が抵て御初めの事ミて

なかくの氣苦勢を致し敦るこミに御座候層

當院ば比較的歯科患者多く有之候れめ抜髄も可なり有之歯抜きだけば一人

前に梢成りれる檬考ひられ候歯抜き過者も面白きものに御座候

當地警察讐力る近藤君こも會遇仕候叉も建外科二部より富山赤十字病院に

研究し居られ六る伊藤次鄭吉君も當地在方にて開業ぜらる一趣に候へ后畳

       能美郡小松診療院

  十月μ十山頃日      泰  拝

㊧那谷與一氏通信 ︵紳経科宛︶

   ︵四十三年卒業︑瀞経科讐員︶

落葉警に敷吾て秋の血壁つれ繁く御座候ミころ先生始め各位盆々御多群の段

(7)

大慶の至りに奉互譲降て小生義去る十九日奥山學兄ミ共に七尾まで同行仕

リ夜よリ汽船にて珠洲郡飯田町に到着ぜしに午後六畦牛過きにて御座候同

夜ば丁度吉見技師池上警察讐飯田に出張し居られ野馳二士ミ同宿仕り種々

便宜な與へられ候翌日三里の山路秘腕車にて宮地に到着仕り外装地の状況

は既に萩原學兄よ・リ御聞置の事ピ存候へごも蛙に大唇な御報申上候我々の

生活上の点ば勿論不便ぜ不自由の他に御座なく候疾病の状態ば初獲來本日

迄四十入名を算し其の中十名ステルベン致九名全治退院仕リ候其の申小生

着任以來全治退院ば四名にて一名ステ〃ベン致候現在敷にご十入名にて男

子十四名女子十四名に御座候而し十オ以下の小見は男四名女四名有之候叉

現在患者中豫防注射を受けれるもの十四名にて中注射後十二日以内に登病

ゼし者四名他に法射二十七日乃至十五日の問に登病致し居リ候現今ば看護

婦三名事務員二名居り吾々の執務すろ事務室よりご名の羅病者な幽すなご

寒心に慣す可きもの御座候

治療法ぽ小生の少き経験にてば矢張り澆腸ε灘署法が最も効果ある様に思

はれ叉合理的建思ほれ候溌腸にに食撫水叉ば沃度﹁ホッム﹂澱粉漿を使用致し居り候全治退院迄の順序ば便中粘滅沿失後五Hにして侠期室に移し更に

五日間経過な見て後退院ざ許す事に相成り居り候現今快期室に居るもの七

名有之候問こ㌧三四日中にば七名の全治退院者秘出す筈に御座候術がツポ

ツ罹病者も御座候問現今の状態にてば當病舎の閉鎖ば十一月に渡ろ事ミ存

居リ候先ば近呪御報導申上候︵后愚︶

       珠洲郡三崎村字宇治の隔離病舎にて

  九月二十七日      ・   那谷與 一

       〜〜      ⁝ー〜

    働李原雲新氏通信 ︵松原教授宛︶

       ︵三十八年卒業Q南洋馬來聯邦開業︶

謹啓仕.り候先生にに盆々御清康邦國の爲め御精働遊ぱされ候段奉遙賀候降 りて愚生義蜜も相攣らす此の南洋の熱帯國に於て自︒黄︑黒人を相手に勤め居り申候間乍他事左様御放心被下成度候別紙に南洋に於ける日本馨師の勢力並に燭下の状呪な御短申上度候最も是迄で再々方々より母校猷場の學兄淫よリ南洋の状況な問合ぜられ候へこも

一々御返事も差上げ兼ね失禮致し居り申候

實に恐縮の至りに御座候へこも先生へ御尋ね申上度ば左件に有之候

 一︑チヤンロー︵阿片︶の中止の藥物的療法

 一︑花柳症残に淋病の特効藥

誠に子供らしき御尋れ事にば御座候へこも側卒御燐察な以て御示教成し下

され度候幾重にも奉願土候

當地方にてに︑チヤソローミて阿片の嗜好甚だ盛に行にれて男女共に著し

く御座候阿片申毒の爲めに体力大に衰へて目も當てられぬものさへ往々御

座候殊に冥家のものにば一入多く御座候從て時々阿片の申止藥或ば中毒復

活藥秘ご迫まられ候へこも未だに夏法頁藥な得す世人の滞足な得申さす候

次第に御座候何卒先生の御示教の程偏へに御願ひ申上候  .

花柳症蘇に淋病ば當地方の淋疾ば一層劇烈の檬に存ぜられ申候大に悪性に

して且頑固にて治癒し難く存ぜられ申候最も是等の疾病に就て未だ愚生の

研究の不山允一分ご治療の一艮法々得ざろ儀に㌔ほ御座候へこも何か特効藥な御扇小

命下され度御願ひ申上候花柳病ゆ大に多く淋病のみならす下癖及梅毒も多

く御座候醤叉熱帯地方の事にて熱性病ぽ四季の差別なく常に多く御座候概

して當地方の熱性病ば傳染性悪性熱性病ば少くして所謂風土病ごも申すべ

きものかζ存じ申候此の熱性病に就てば多少の取り調べに致しつ㌧御座候

病氣の種類ば熱病︑花柳病最も多く氣候と食事︑職業の關係上︑呼吸器病

及漕化器病︵腸胃病︶等是れに次ぎ他の傳染病ばへ﹁シソガポール﹂︑﹁廿ーナ

ソ﹂は時々﹁コソラ﹂﹁チーフスに鵡心者な認む︶少き⁝標に︑御座候.熱帯地方ε         して眼病患者ば多かろぺき筈に御座候へこも意外に眼病患巻ば少く軍能の

︵蓮信︶第十七磐  鱈塑十一號   一二山ハ一第入十二號ご九

(8)

︵魎信︶第十七ぬ偲  第十一號   一二山ハニ︐第入十二號三〇

結膜炎さへ・も稀れに見受け・申候叉﹂皮膚病は常に多く見受け申候俗に﹁タムシ﹂ピ云ふ種類ば最も多く他のものば少き檬に御座明

先づに働筆以て右御願ひまで恐々頓馬

     南洋殊に馬出牛島に於ける日本讐師

馬來・牛島に於けろ日本讐師の元老マ﹂も由⁝すべきPμ. シンガポールに於ける

吉野光三民にして第五高等學校風學部出均にして今よリ十七八年前に出で

多くの困難に打ち勝ちて今や完全なる病院組織に成りて氏の鵡名︑内外入

に信用厚︽残に馬來入食﹁キリン﹂︵黒人のこざな﹁キリン﹂ε云ふ︶支那人の

信用に深し其の他の名士εしてに酉村肝︵内検︶︑佐藤民︵京讐︶あり何れも

十年以上の老練家にして蘇に西村民ば支那人に最も信用心得てあり︑その

他に日本大藥房に安蓮茂︵帝大︶あり氏ば大荒禺場にして是叉内外入の診を

乞ふもの多し大貫茂︵内検︶に六〇六號の注射を以て昨年來大に町名ありし

も其の縞果に面白からす全牛島に於ける日本開業讐師に︐司頚ン︑に副島

氏︵長專︶︑石井氏︵千讐ゾコー一引ンー淑に佐竹氏︵千専︶宇野民︵内検︶あり︑

カラyに松本氏︵名恵︶ありスレンバンに高木践︵大匠︶マラッカに彦坂践

︵内検︶あり當一保市に松竹瓜︵内藤︶虐小生にて所謂此牛島の都會︑各州の

要邑部にに日本讐師の散在して在留民に勿論︑異國人に我留界の恩恵ぼ大

なるものにて從て日本讐師の勢力ば孕島に於てに開業讐ミしては最位にあ

りて公然れる公立病院等にに総ぺて英國本國盤師な以て任じ副院長若しく

に讐員にばセイロン人な以て當て英本國磐ビして開業讐ば稀れにあり其の

他に支那人の漢法讐ば全人種の多き丈け實に多し從來に同本萱藥の盛に獲

萱ぜられありしか近來稽々費藥の信用ば薄く成リカる様にて是れ一に時勢

に伸ひ一ば螢業者の悪手段葎利用ぜし結果か¢存ぜられ何れにしても日本

萱藥ば驚く程土入及支那人間に盛に愛用ぜろ兎に角讐藥ば南洋に於けろ日

本有力なる特産ビ幕すべきなり

歯科讐ば亦大に多く叉歯科に於てもB本臨科讐師の勢力盛にて是叉各都市 に開業者を認め猫剛蜘科讐ば正規の目ホ歯科讐師ぜしてば一人も無く所謂南洋式の歯科盤にて即ち多少の歯科の心得あるもの若しくば當地の歯科盤の許に幾分の経瞼葎積みて後ち随意に登録して歯科歯の看板を揚けるものにして別に試瞼秘も要ぜす極軍簡なり然し俗に云ふ金儲け定してに歯科讐に限るものミ魏察ぜらる終ばりに當地に於て開業駿の多く接する患者即ち換言すれば重なる疾病に熱性病︑花柳症︑消化器病の過孕な占領して所謂鵡︐の牛島否な南洋の讐師ミしてば熱病の一点張りな以て食ふに困るとなしε繕する位にて我輩も熱に就ては昨年以來︑がルネチ島︑マニナ︑馬來牛島及此の附近に流れ渡り牛開業的或ほ輩に研究に多少の得る所もあり本年二月以來鼓に基礎を控セ2︑白︑黒︑黄︑雑種馬な相手に漕療な試みつ︑あり熱病に績ぎてば花柳病にして蕨に支那人磨に多し濡化器病及呼吸器病ば多くば彼の熱病に績蟹性のもの多し此の清牝器稼に腸胃炎に於てば慢性に來るむのに多し就中慢性腸加答児ば粘液性叉ば血便秘來すもの多し然し此の種の腸加答見ば日本の赤痢の如くに非常に頑固にしで傳染性のものば少し所謂︑熱帯赤痢にして﹁アメーバ﹂性のものなり皮膚病ば下腿の潰病性のもの多し是れに多く土人及支那入に見る所にして是等ば常に跣足にて且叉深山に或ば叉當地の如き至る所に錫鑛山の盛なろ爲めに漁潤なる土地に或ば水泥中に働くもの.に來る所謂職業的に或ぼ風俗習慣等の影響する所に多からんものミ認む次ぎには各地方の病院収容患者に就て取調れば最も入院患者の多数ば熱性病にして次きにば脚氣なり此の脚氣も多く熱病に檀婁するもの多音か如く次きにば梅毒患者にして締神病患者も比較的に多し是れ土地ご氣候に關係深きものならん此の土地にてば謄充血な起し易く我輩も叉記憶力の減退ε鵬の鈍くなりしやの感あり熱帯地方の土人涯鈍にして遊随なろば蓋し偶然にあらざろべし其の他眼病患者に於ては或地方に限りて流行性に來りしもの\如く比較的

(9)

に少し然し梅毒性.角膜炎.虹影炎に往々接する灰にして虹彩炎に現に治

療を加レ2つ﹄あり至純結膜炎ほ支那人種屡に往々見る所にして他種屡にば

接するε少し

爾蛙に生殖器病に就てば前蓮の如く常に多く接すろ所にして鴛て外科的治

療な要すうと多し淫風盛なる丈從て婦人科も多く男子にしても淋毒下場甚

多し︑余ば常に槻察す南洋に於ける各人種は一般に干女の少きが如し是れ

一に風土︑氣候ビ猫一ば花柳症即ち生殖器病の多きに起因するならん蘇に

我在留民の子女ぼ最も少く是れ一に職業的に大々的大關係あらん此のペラ

州に我在留民ば四百名以上あり子女の鍬ば三十名に過ぎす.

猫我輩の任建して大に.研究の鯨地あり蜜信ずれ亡も︑無オ︑且つ鈍き頭葎

以てに其の責め存党するな得ざるな遺憾定す

九月十一日   南洋馬來牛島にて  李  原  雲  新

UOo叶O目 d..団け費げ鱒矧艶

 封僚きの器鼠Φ臼︒鑑罵鶉︸︸

  男ρ轄bっ国⇔σpげピ○譲郵琴9

   趨︶○戸閏①蟹ド

    肉・竃●こ痩・︵影野①唇汁巴自巴鉾図尊書霧︶

一.!〜

爾石川精一通信︵那谷與一氏宛︶

   ︵四十二年卒業り紳纏科讐員︶

      ︵其一︶

邦復御露澤の日ば誠に風波あれすさび御画リに相成れろ事豊御うわさ致居

候其後患者ば大邊血塗に向ひ目下隔離室にあるば岡田父子二名及開の三名

にて快期室にば清水︑上手︑丑谷の三小女有之候開ば今十八日よリ粘液を

漉ぜす相成他の二名も甚だ微量ヌプールミ相成本月中にば全く切上け得る 事ミ豫想致居候曇れ偏に貴兄及荻原兄か御書力致しれかれ六ろ事ピ考へ居候本R呂μ山川鋼螺﹃の⁝燈〜墓⁝な見物桝致し甚だ愉闘快に可御座候然し暫ブ\歩かなかつ力爲め靴で足な傷め露路にば甚だ閉口仕候三+年前魯分らの此世にうまれぬ

諦剛にか㌧る山鼠滋なものか出來て居六かピ細心へげE奥に﹂異常の感に打ぬれ.申候⁝

︵下暑︶︵十月十入日︶

      ︵其二︶

拝啓秋冷之候皆々襟仁多譲国の段奉賀候降て小生儀御蔭にて無事勤務致居

候問御休心被下度候抵て當病舎患者に漸々全治退院早書二十二日にてぼ丑

谷リソQ︵快期室︶開米藏Q岡田專四鄭岡田與三松の.難名建相成候開ば三四

日中に快期室にうつす心組に候両岡田ばやつ書誤二十一日よ・り粘血な見ざ

うに至り候へば之れより十一日h即ち三十一日にば全治退院○之れにて當

病舎も閉鎖芯云ふ事に相成ならんε思居候然るに今二十二日にて小生出嬰

以來二週日な経過致候へば交代○或に留置が何れかの命令あるならんミ昨

日來鶴首待ち居六るも何等の命令なしさればミて患者なすて\蹄る事もな

らす如何せんε當惑致居候尤も出獲の際にに二週間ピも何週間電も命令に

なかりしもの﹂回章電して二週問の名字ごあり加ふるに紳経科にば九月以

來小撒員の所交る/\出張し先生も御困りの事ミ存候へば一Hも早く鰭澤

ゼればなるまいビ存じ候然し皆檬の御意見により閉鐙迄滞在ぜよ虐の事な

れば滞在仕べく兎に角先生馴管理部長吟打合ぜの上何れに決すべきや御返

書被下度奉願候︵下暑︶

       珠洲郡三崎隔離病舎にて

十月二十日

轟手

並伶 轟不

宝島 轟術

三口 並製

全寮 石 川 精  一触︽

轟術

︵蓮 信︶第十七撫陥  第十一號   一ご山ハ一二第八十二號こご

(10)

︵校内雑報︶

第十七懸 第十一號  三六四

第入十二號三二

口■口閏鯛■鳳顔國剛嘱ロ■頗隔国一閲隔印剛口一陶●圃翻胸隅嘱置圏膚剛コ隅口吟印國口隔閣網顧隅橘嗣願隔隔働﹁4爾員職顧麟口願網輿騨

較内︐羅獣

●.︵圖書室︶

Z内名所案内記 其一

聲のみば聞きて聡ぼろくの影かミ見ねわかざりし我が十全會圖財部ば四

十五年な夏の別れ守﹂秋の化粧な素顔に出でれるぞうれし・

されば族の初野先づ圖書室へ!

夏草は奥の細道古塚も斯くやε荒れて久しく婦人科敏室の一隅に孤影惜然

れりし圖書室は心き㌧れろ人の情に生きて今や本校第二講堂階上に現る︑

即ち其の装に三室奄さきて回れに當て一葎皇考︑他な雑誌室に匠分し︑從

來四散放逸殆ご隻影をだに認め得ざりし直島誓書に苦心惨慢之れを探集

し︑雑誌ば新組卵紅專門のへだてなく悉く探るに委ぜて便ならん事な期し︑

漸く創設當時の標榜に添ばん亡ぜり︒

想ひ起ぜば西丈の東漸以來一起一小ぜし新學の大勢ば今や駿々乎ビして己

」むrに董り︑吾等日影の學窓に親まん者は殊更心な内外に留め︑動きな知

りて新しきを採らんの要は論述に事々しくも説くな用ひす︑要ば只︑廣く

探ねて新守﹂落ピの運用妙をなし︑埼新偏狡︑棄奮浄薄の愚をさけて︑讃書

よく古今な通し︐其の本の正しからんな願ふのみ︒然れ共今次行にれ六る

改善の要旨ば其の基礎にありて其の精秘圭とぜす︑されば集むる塵の書紐︒

書架櫛比の偉ばなく︑叉思ふに委ぜて無しきを得ろの便なしεす葦・︑其

の昔﹃ターフル︑アナトミァ﹂に打ち向ひ手に一介の艦舵奄有ぜす.飽々の

洋中に埼る邊なくヲッ︵ソ︵ンドしの一語起帯心撒員の推想望敢てし︑漸 く﹁回れ﹂の課語をに創起し書連城の玉も斯くやε喜び六る當時に思ひ至らば先哲の文鼠︷︐叉今の不足愁補って饒⁝りある︒へし○今や圖書室の改善成る:粉脂濃嚥の香な三所に洗髪楚々の装ひ叉諸子の好伸侶六るを得ん乎︐季ば是れ秋黄颯々︑徒らに閑居饒舌の罪な塘さんより訪ひ來れ推書浸頭裡︑讃むに委ぜて快をやる︑小立野台頭圖書室の一角︑癖れれりミも風な起し枯れれリミも火な引きて︑霜に枯れんビする古草のあれり︑古塚のごろくビ鬼が出るか蛇が出るか天地も動がん化物種の仕込所たらん事な・:⁝軽に添ねて筆の杖先ば第一回名所案内迄如斯︒︵芳坊︶先輩諸氏に御願申上磯︑改暮著手署來未だ勿々の義に有之圖書購求も思ふに委ぜざろもの有之候折摘若し貴酒盗書籍申何れにても御不用の向の膚之候へば後進の爲め御寄附の榮な得候へば至幸に不堪偏に御願申上騰︵係︶

翻支那語講習野釣會 へ+下士百︶

去る+二日校内生徒有志の狡趨に係る支那語講.習會聾會式ば本校第二講堂

に於て塞行されれり︑下着︑上田︑宮田︑石川.乱発生な始め︑生徒會者

百饒名︑式に型の如く終って後諸先生の訓働︑開散︒

因に講習ば當分毎土曖日放課後二時間︑講師ば発振.會則其他に就きてば

各級其の幹事につき承合あろべしミ奄識口入試μ目下其の要﹇求を一敢て問はす︑

希くは兄其の勇猛心の特漉ε著實なろ會の雪曇ごを苛うのみ︒

魎解剖遺騰追吊法曽 ︵+月+九日︶

あわれ轟の鳴き木の落ちて聖像方に悲しき今日しも午後一時より年毎の解

剖潰膿追生熟ば︑安江町大谷派 本願寺別院に螢まろ手向に供ふろ敏典に︑

彌陀構念心ありがカ︑一切衆生絢彌陀経εかや︑香煙のゆるく立つ虜︒編

(11)

講無量εかしくき法妙の聲に敬しく一同順次嶢香︑功力得脱大菩提の諸麗

な吊ひ終り一場の訊話な聴聞して散ホも時に三時︑會者教授職員遺族及生

徒四百鯨︑愼みて頓謹の菩提な吊す︵芳記︶

④新入生敷迎武術大會 ︵+月+四日︶

時博μ盛氣濃ろ中︑秋︑我十全盒日武術部に鼓に新六なろ會一員諸君秘迎へ十月十

四日なトして之れか獣迎大會な開催ぜり︒孟母宮田劒道部長並に阿部生徒

嵌皿な初め諸來賓の臨瘍秘辱ふし︑勝員ば先づ紅白秘以て始まり︑時漸く移

るに從ひて勇壮の殺氣ば揚内に充ち満てり呼此の意氣此の技︑叉以て我か.

洋々の前途な期すうに似れり︑絡リに宮田部長ば立って一條の訓話垂れて

云にるらく︻.武士道の要義に高荷純潔の士魂にあり﹂オ黄昏附くる頃會ば

茶話會々以て終るO

爾當日の勝貢次の如しQ

柔道饗︵×分㊥勝︶

   紅軍

  O⑫加藤

●⑦㊧㊥田中潔

  竹

  安

  稻

  山⑪⑳小

  自

  橋

  桐

林本石塚本田宅村

   加藤虎    卒 野   白軍

   望月有

   英

   青木房

  越野  ㊥㊥佐藤

  ㊧八 田

  岩 月

劔⑱鯵鈴木守

劔毒悪︵鐘

  紅軍②②⑲金  ⑱竹   水⑱㊧⑳金   馬   水  ㊧大  ㊧竹  ︑知

 ◎⑳佐

野原内西野蕩森島田子

   自軍

   林 鼎    田中頃

   華 野

⑧愚㊧⑳林盛    高 島

   藤 田

0⑱馳佐野雄

 ︐⑭磯有山

   ⑳中 山

    入 川

㊤0鈴木

   臼 井

㊧②⑳屠谷

大⑳㊤O㊥望 悔

種伶

磁齋   中  蓮

  英

  上  河

  川 副薪 大足森

坐伶

本居北越池 藤塚田

︵勝︶

轟術 坐璽

大副 ⑧ 橘水占入 島川澤

坐㊨ 坐⑳

⑰亦

  O片 中

⑫㊤㊨㊧井 出  雲隠 原︵不出︶  大川名︵不出︶    ︵勝︶並㊨

己魯■■腫唱嗣冒脚鴫■●一﹁罵葡帽■■鳴曽嘲回冨唱噌噌6口層■靱閥轍欄閣旨聞凹■周嗣驕儒■噌燭風剣囎鱒闘閣剛噛●嗣隔聞鱈胃隔脚■騨

︵T︑1︑︶

画術

慰諸角友李氏  全等︵三十一年卒業ば久しく能奥宇出津の地に開業して一般孤軍の妙技な振ひ全地方に於ける最大勢力讐亡して名聲噴々カリ

しか茂ば終に個人的の治療に甘んぜす尚ほ進んで國家な治療ぜんぐ﹂すろの

大望な抱き終に零墨場裡の月桂冠な戴て能州鳳至郡の縣會議員に當選ぜら

れ六リ︒去る十月十六日な以て投票を行ひぬる鳳至郡縣會議員補予選暴の選塞會に

翌十八日午前九時より同郡役所に於て開會︐尾上駅長の管理︑吉田試輔監

︵人事︶第十七巷  第十一號   ご一六・七第入十二號三三

(12)

︵人事︶餓〃十♪騒慰  一第十一號   一二六入第八+ご號三四

r

視の下に夫々開票し占うが其の結果左の如くにして豫記の如く政友派の諸

角御忌滑川殆ど満瀦を以て野田撰⁝の麟宋秘鼎何ヘリ︒

  有権者総敷  五千九百十九

  入転転激 

千五百九十瀦

        内      畠      千二百五十九瀦 ︵當選︶     諦 無 加 恥

斯く鳳至郡縣會議員補鋏選暴に御選しれる諸角友亭茂ば珠洲郡松波村番霧

恒次郎茂の三男にして明治三十二年鳳至郡宇出津町字宇畠津の絶家ぜる諸

角家な再興し戸主εなり六るものなるが疏ば明治二十五年金澤市に於ける

大谷滋中墨校に入り同二十七年更に第四高等學校讐學科に入り同三十一年

十一月同校秘卒業し同年十二月一年志願兵εして歩兵第七聯隊に入り三十

ご年十二月見習正当εなり翌三十三年二月除隊︐同三月讐師の免状な受け

直ちに宇出津町に於て開業し三十四年三等軍讐に任ぜられ正入位に叙ぜら

れ三十七年七月日露の役に召集されて出征し同年十二月二等軍讐に昇任︑

三十入年一月輪七位に陞叙︑三十九年五月勲五等旭日章を授けらる︑年歯

三+有四︑縣會議員中の少肚者にして前途猛ろ有望の人乳リ・

曇きに恩本會員野村亮吉氏あり全じく明治三十一年に本校を卒業して等し

く能州鹿島郡に開業し業務盆々・登展するに及び更に奮岡一番り中原の鹿秘

射て同郡より半袖議員に選出ぜられて現時最も活動すろあり今輪西諸角氏

を得て吾人刀圭の士が下々杜會に重きな置かる\に至り遡る勢力な得力る

な見て欣躍に堪へざろものあろなりQ

愚駿河術庸氏  全氏︵三+一年度卒業︶に卒業後直ちに上京して北里

博士の管理に旛ぜろ内務省痘苗製造所に入り始めは種痘課に次で試瞼課に

勤務ぜられ三十三年丈部省より學校衛生課取調肩下託ぜられ爾來約十年間

從事の傍ら全払各地に出張して帝並倉育蓬餅始め沸し其他諸地方の講習會

に講師として招聰ぜられ出演ぜられしなミ勘からす四十三年にに最新學校 衛生學な著し其第一撃数千部ば今や殆ん三看れ切れん与るの盛呪なり全年臨床讐學研究の必要を感じで︑前篇京讐科大嶺敢授濱田博士の病院に彊ひて全博士並に當時全院の副院長六りし吾妻簿士の下に産科嫌人科な研究し次で四十四年東京讐科大學産婦人科選科に入りて斯學な衷課し本年暁月三十一日全選科満期研修書秘得られぬりしが此度家事上の都合によりて金澤に蹄些し御歩町三番丁十六番地に開業ぜられれり○金澤の天地亦此の新銚の一報門斜な加へて斯學の登蓬に貢献する所勘からざらんQ     ・繍彫輸郷雲錠士ロ氏  ︹四十一年卒恥菜︶に陸軍々殿酉學校選科二布へて大坂衛戌病院に賜任ぜられカリ︒

懸石川精一氏︵四+二年卒業︒重唱科斗員︶雲+月九日珠洲郡三

崎村の隔離病舎に出張し那谷興一氏書交代して全地方の赤痢病患者の治療に從射せられしが全患者の饗生停止ぜしに付き十月二十六日潜考ぜちれれり︒膿淺野達也氏  ︵四十三年卒業︶ば兼て東京淵叢大酒三浦内科にありて内科な事攻中なりしが此度京都大學に移りて裏ら馨牝通な研究中醸り︒

    乱筆居會

金澤ふ巾御歩篭町ご一番子十.六仙豪歩兵第四聯隊附門司陸軍兵器製造所東山鼠市山尿跡定点瞥染地ご丁目十山ハ

和歌山縣東牟婁郡西向村紀南病院

大坂南匠日本橋筋二丁目二十

富山諾意水郡作道村大字殿村津幡江村

大坂衛径行院

加谷山南丹仙吉書

墜落1茂朋灘

吉清世吉直秋真如

    ノへ     へ   

璽全全弩髭毫曇三

卑) ) 卑 卑犀 劇二 年

\一/      ) ) ) )  )

(13)

東京市芝匪田村町十九︑富田三十耶方

秋田縣由利郡上川大内村岩野目澤七

廣島縣忠海衛戊病院

東京本郷匠駒込千駄木町二十入

宇都宮市旭町一丁目三一三

台南衛戊病院

京都市騨樂坂吉田町吉田舖

豊橋工兵第十五大隊

仙翁市外響町三一菅井方

瀞一戸市中山手W総山ハ丁目四.一番四屋敷ノ四

富山市赤十字病院

    ㊥居所不明會員

 薔 住 所

東京芝養生園

大阪東.騒京橋三丁目

能登國朋咋郡高濃町

石川縣能美郡小松町字京町

朝鮮京城旭町二丁目

棄京陸軍々醤學校

長野縣小既郡丸子村

台南衛戌病院

朝鮮大鋸・同仁病院

和歌山縣東牟婁郡新宮町

阿木:回米淺笠佐柏鈴島河

禦多野讐条粟田合

憲:太吉、外遽次茂次論義

吉郎郎男也鄭樹郎吉一勝

AA4AA rtrNA AAA 全全 全欝欝全翌 全全璽

))) 年隼) 勾三   ))tEI2.

   v  v v v

山犬衛縣陸京縣高潮芝 御

難融男櫃難聴畷

牟仁院郡醤町回郡上園        の       所産 婁病 丸學二小高三

郡院 子校丁松四丁  君        に 薪  村 目町町目

       御 宮     字

       手 町     京

      町    撒        な        が        ら        本        會        雑        誌        部        へ        御 尾西後下江富松小森園 崎尾藤村藤久村林岡崎         惣純    義 平岱義二潤尾四五太次 吉抱賢鄭一漢鄭佐鄭鄭

がへ                  ノへ

豪全全全全軍老全墜死

錯)))) )雌紐))醸

)       .)     

度 願 上 腿

工兵第九大隊

兵庫縣瀞戸病院

門司.市西川端町二丁目

湖蜘ウ國ミユン︵ン市

高知縣高岡郡須崎古市町

近衛野砲兵聯隊

薪潟縣中頸城郡漸井町

兵庫縣柏原病院

東京磐科大學三浦内科

栃木縣那須郡湯津上村佐冥土

廣島縣高田郡吉田町

京都上京匠新獄屋町題

歩兵第三聯隊

京都府綴喜郡有智郷村字内里

編井縣立病院

札幌北一條西十丁目

吏京芝榊谷町

能登國羽咋郡千路村

山口縣美禰郡赤江村宮原病院

豊橋歩兵第十入聯隊

東京本郷匠弓町一ノ廿九 ︐

     〃噂や       〃唖野    N岬賓      N岡列

       ん監や         歩.や      ぶ一列      N一列

坐璽 轟來

角中梶池松楠主水山内瀧池井吉田木藤松戸本西

霧雑面藁・1盟難上職繋1藍

田雄一政二面面順郎春藏雫元男郎三茂馬吉郎入

             ドへ  

璽全擦車全全全・全全全取取習全全全量全全全晃

無三)年 )))) ) ) )) ) 年) ) ) )) ) ) 錦

㌧ノ   )        )      )

⑰術 砺容

並伶

︵人事︶麟弟十♪u盤  第十一號   コ一山ハ九悟入十ご號三五

(14)

︵會告︶

第十七巻 第十一號 三七〇

第入十ご號三六

一凹■翻欄圃営圃画層咀喝層國層尉曽圏圏■胴鳳印口唱ロ昌■匹両顧國鰯翼國爾閏国圃國禺冒國卿隅一購瞬︐曽砂口嗣嗣一圃嗣一■関ロ曽6

幽四十四年度十全會費牧支決算報告

四十四年度金澤讐學恵門孝養十全會費別紙之懸り決算チ途ケ候結果収入塘

金百五拾圓武拾八鍍四厘支出淺金.六拾壷圓五拾八銭合計金武百拾壷圓入拾

六銭四厘ノ剰絵チ生シタリ而シテ該金額自身則第拾六條翼廊リ資金︵組入

ス︵キモノナリ

資金ハ公債証書額面千薫百圓並二金四百四拾九十三鍵参.厘ノ慮本年三月六

日協議會決議母校々舎薪築紀念ノ爲メ樹木寄付金壼百圓チ支昂セリ故二現

在費金内課左ノ如シ

  大日本帝國政・府五分利公債証書額面八百圓也

  大日本帝國政府四分利公債証書額面四百圓也

  金四百四拾九圓戴鍍参厘

    内

   金戴百参拾七圓拾五銭九厘       前年度ヨリ繰越金

  

@金薯婁圓入拾六銭四厘  欝鑛磐結果

    但内金七拾七圓六拾入川副厘故黒川頁安直生紀念一一建設残蝕寄

     金含有ス

 爾外二﹁ピアノ﹂購入基金九拾参圓六拾四鑓野臥アリ

 一依テ縄越現金五百四拾熱圓六拾六鍍五厘ナリ

右報告候也 ㊥明治四十四年度金澤讐學専門學校  十全會嚢収入決箕表

豫算額

第褻輪譲讃學 笙項鱗毛寄付

  第一目職員寄付金

 第二項 通常満員會費

  第一層目 讐學生詳悉

  第二目藥學生會費

 第三コ入貯金   第一目入會金

 第四項 利    金

  第一目 預金利子     故黒川頁安先 第五項 生紀念銅碑建     設淺饒寄付金  第一目 同   上

一、

Z話八・四八〇

 三六三七〇

三六・毛O

一、

O一U・80

一、ツ七議OO

三二・鉱OO

一三

Z・OOO

葦?OOO

誓で三〇就干三〇      豫算額二比シ収入濟額  収入濟額差

     聡 一繍

一、

オ八八・七六四

 一三臨︒四八〇

 一三手四八〇

一、O四一主OO

一﹂一説・OOO

 三六・吾〇

 一里・80

西780

九三・一8

蓼でδO老・六八四

老・交酉

一尻

n●二八四

三読OO一七・就OO

四・80

一一

EOOO

=・80四?灸O

四〇・八九〇

七七・六八四

老・交四 O.究OO.七九〇 備 考

1

ノレリ寄

 シ付  二金  ヨア

幽明治四十四年度金澤讐學専門學校  十全會費支出決算表

原登額舗鎌取肇議畜綴不蛋

(15)

第薮繋撮舗門    春季陸上蓮

第一項

   動會  第一冒同 上 第二項講話部  第一目大食費

 第二貝通常會費 第三項雑誌部  第一目雑誌費  第二目逓信費

 第三目 消耗品費

 第四目.製本費  第五目雑 費    ロソテニス

第四項

   部費  第一目部 費  第二目大會費 第五項劔道部  第一目大喜費  第二目奨働費  第六項柔道部  第一目大忌費  第二目奨安立

一bワ〇亭四八O

きO・OOO

同δO・OOO

 四〇・08

 三八・OOO

 干OOO

四夷・六〇〇

四二〇8000

 蓋・︷aO

 ヤ08

 δ600

 一・OOO

 八908

 六月・08

 蕊・OOO

 七〇・OOO

 三二.OOO

 三璽08

 七?08

 釜・OOO

 三尊OOO  四五・08 究︑究O 莞b莞O O.八四〇梼Oん四〇 三・七八O*丁七八O

*δ600

*一・OOO 凱三き*就三九〇 三・六〇〇*三・六8

一、

・四八︒四八O

美九・六巻

二究・六九〇

四?80

三八︒八四〇

 三六〇

四五

O・六8

r四三子七八〇

 三λき

 七・OOO

八O・08

七〇三巻

 釦圭〇

七?OOO

三全曲8

三マ國OO

七?OOO

﹂蓋・OOO

三平OOO

」、

l八六・豊9

二究・究〇

二丁︒六九Q

莞・尭〇三八●八四〇

?七吾四丑

O寵八〇

四三二●七八〇

一三・八OO

七・OOO .ハ一・五三〇

八?80

七〇三巻

 九・ぎ﹂

七?OOO

﹂不日〇〇

ヨ一・四〇〇

七〇・OOO

三与OOO

三宮OOO

O西6

0・四δ・06二〇?Oき

筆七項弓術部

第一目白大會費

第二目備晶費 第三目璽纂

第四目奨働費 第入室野球部

第一目部 三

二二目大會費 第九項會務費 第百瀦囑託

第二目備晶費

第三目印工費

第四目 消耗品費

第五目雑 三

二山門日H 茶一六曾費

第十項 學術實習部

第百韻.悶材料 .第二目備品費

 第三目雑 費 第±項警備費

第一目豫備費

六.・智

嚢600 三68

蓋・OOO  六二〇〇

 与OOO静与08

葦08静四・δO

・八?OOO

六手OOO*六三〇〇

享08 

六三8

二八二.説OO

一九八.OOO*西・七〇〇

只言・OOO*9六七〇

 〇・吾O ?琶O.

 五・08 議・三2

 七.80  ご600

翫0600 二砂書

盒西QO  一

豊西8

き・80一?OOO

八O・κ八O 血不 二囲︒六九〇

八O・九八O 山嘩 二四・六九〇

鉱置一二就八Ell 二

六六〇〇Eff. EE.二Hl・o

二二〇〇四四六〇二

きき8888吾8きi

二八八ニヨ■八一

一こ三」;ニー八⊂)⊂)

三三三Sff.二八=rノ』

三⊂)o(=)o⊂)(=)

o(⊃(つ。⊂⊃(⊃(⊃

H o c)

Pt八o

ooo

oo o

三・おO λ・OOO 杏・OOO

δ五〇9

八O.OOO

異・八09

三・き〇

二八二・ゴ七〇9三〇

一八三二七〇9三〇

三・三三〇

二〇∴三9

.ギ08垂・甕O

三二・六δ垂・七巻

三一

E就一〇.嗣ぎで八九〇

 一き・08

一●一〇〇 八の九〇〇

四九・一一〇.七一八〇

四九︒一一〇 七︒一八O

︵曾告︶

第十七巻 第十一號 三七一

第入十二號  三七

(16)

︵會告︶第十七餐  第十一號  三七二第入十二號三入

第申二項︐端艇基金

 第一目 同  上

合     計︐ ≒8亀

マ80

扁、iぞ四八O 「一EOOO

輔68

一、

T四八︒四八O

⊥;︒

一、

l八六・畿O

で08

六一

E悪δ

㊥明治四十四年度金澤讐學専門學稜  臨時費支出決算表

.目    ﹂流用増減原豫算額額    *印ハ減

        第  第  第  第一 臨  三  二 一款

三_葵_一棄臨時

難鷺朧7時部

費品部費料屋會費ト費

一三

JOOO

六980

豊・80

三〇600 *無筆08丑紅・OOO

豫蓋支黛譲 九908 六980

八九・畿〇

六〇ゐOO

き68﹇髭・九吾 ?呈O

O・薯O

備考

費、〕決協

x・・

^議議

流動=會 用會ヨノ

    ⑲四十四年度十全會校外特別聖上

     會費収支決算報告

四十四年度十全會校外特別會員會費収支決算ノ結果

    本年度収入金額ハ      一︑二七八︑五六〇

ナリ内  

@戴霧簾會費前納憲﹁ 四九三d・・

チ知除シ台金      七八五︑五六〇  ハ本年度實収入金額ナリ     本年度支出濟額ハ︐      七四三︑六入〇 ニシテ収入額二毛シ       四一︑八入0︐ ノ剰蝕ヲ生シタリ而シテ     芯剛年比量︵四十一一一年下職︶ 歓損合出       一九一一一︑雪八一一七 ノ内償還差引      一五一.九四七 不足ス此ノ鮫損ハ會費未納春多キニョレ母船繰越金ヨ繰替補充逐次翌年 摩職剰︐絵金ヨリ僧夙選チ要ス 資︑金ハ前年度繰越高金参百八拾四圓七拾九銭ノ塵公債証書額面参百圓買入 ノ爲メ金武百山ハ拾四國.煎一十⁝銭蒲ヴ一本年ご一凹目山ハ日干叫読⁝會決蝋峨母・丁々舎新雪木紀

 念ノ爲メ⁝樹ム小寄付金萱百圓チ﹂支出セリ故二現・在資金ハ大日本帝丁丁政山肘四分

 利公債証書額面参百圓二二金煎拾圓五拾九銭ナリ

⁝依・プ繰越現象莫総豆乳拾四彗厘ナリ  右報告候也

醗明治四十四年度金澤馨學專門學校十全會

 校外特別會員會費収入決算表

蚕.算額収入濟額

第一款 豫篁〜額二化シ収入濟額差増 一計 ㎝

藻蟹菓旦    ⁝

鵬解繋特二︑墓マニ八雲︑二七八.悉       八六三八O︑

第蚕鍛麟別戸

第百騨細年

第二目雛型丞

一、

Z一イ●OOO ︑〇六〇・四〇〇

四ヨ一●OOO   寓八四︒六〇〇

髭?OOO  三七泓600 三九・四〇〇

金・80・ 一P

四六西OO 備  考

前本圓内 三年四戴 ノ度拾百

M以鎖廿ノ前ハ七

(17)

 第三目 前納會費

第二項利   金

第一目預金利子 第三項繰越金

第一目繰越金

合     計

 三〇〇・OO9

嚢 

  

一、

O八 

蓋・空6 蕊OO・八OO

二早雪〇一驚三〇〇

一九二︒きO

一、ム八・異O八六.弐O 四三⊥ハOO 四三・六〇〇 鼠・二八〇 量ズO ?八OO

1

㊨明治四十四年度金澤一一專門學校十全會

 校外特別巨富會費支出決算表

原字算額 激︐轟繍︐

*印ハ減.   一 額豫算三三支出三三    ﹁ーーー︐

第一踊豫備費

譲笙

 目

豫.

 雑

費費

         第        第 一     第第一 款  第 第ご一項

 ニ  一 目 目   別校金

      會校曾十澤

 節 節

    蓮雑費外員全讐

       特會會學

信1通在園郵

料信京 便信 誌  別費校恵

 員囑電  會外回

 題託 信州費員特學1

七四三・六八O

七〇

l・九二〇

職七三・杏O

ごエハ8δ∵春O

δ・OOO 六丁八七〇

熱三二・蓋O

軸お・OOO

八九 七七

幽⊆⊇_一⊆≧

弓←鱒

九〇

ヨ藍一一

〇〇

六九西吾 究西琶 六三撃四七〇 七二四畠四八〇 詣三・交O

i

一九・興O

晃三〇〇 詣三.六八O

七二四︒四八〇

六諭・四き

六九・豊〇

六知.四吾

一却美O兄・きO

三八・七六〇

七四三・六八O 萱九・異O

不用︐二

UM

 e

ノ、

o

7

o o

兀三〇〇七鱒二・六八O

醗朋治四十四年度金澤留意子門學校

 十全會校外資金決算表

科     目 一一算額 識灘認   

  第一目公債証書⁝毫罫〇三

       i㎜ 寸志豫鑑三三差引

三孝9︸謡三..⁝.

  

@ 

O三..㎝三孝.三︷

三妻︸二六四三・  =O・八ニニ

一おλ三二〇・δ三

麟魏蹴正元年三朋二骨姻田校外特別會員會費調書

金 額金戴圓

金参圓金武圓

金武圓

金五圓

金参圓  期     限

戴臨議簾ニケ雰 鶏噛葦簾三ケ雰嘔 七二七二ニケ雰

鶏治噸ゴ譲五ケ年三 嘆璽訊簾三ケ年分

上野田額今柴

  申 ・井原 辰村 叉 太 基太外外

門潜

吉君

鄭君門君

敏君國郎君

︵會皆︶第十七燧  第十一號  三七三第八十ご號三九

(18)

金参圓全

金謬圓全

金五圓

金参圓

金萱圓

金塾圓

金勢圓

窯班砺簾五ケ雰 鶏鵡畦簾三ケ雰

 お チ  カ

鶏離聯厳三ヶ雰 戴箋簾三ヶ年分

以  上

金金 参参 圓圓

全至自

楚轟厳三ケ年分

水 大

加杉

横 山

 口

 藤

 山 三男三鄭君

 利

友三  孝

 富

勝君鄭君

一君

治君順君

寛君治君

鰺君 ︵會 告

第十七

第十一號七四第八十ご號四〇

Updating...

参照

Updating...

関連した話題 :

Scan and read on 1LIB APP