覆 答 蒙 翠 襲 曾

全文

(1)

覆答蒙翠襲曾

巻十二=第

易贈→一第

(號七十宵第)

大正四年十月醐日霞行

(2)

膚感畳過敏ナリロ腔チ検ス〃一一左側上下臼歯ノ爾歯二︑右側ニモ一個アリ

其他ニハ異状ナシ

患部チ槍スルニ左側胸鐡孔曙筋ノ前繰二沼ヒ約小見手掌大硬固板状ノ浸潤

部アリ外・及ハ酔樫二暗赤〃色チ呈シ厭目痛⁝チ有ス〃ノミ深部下目硬ク癒着シ移動

サソズ左側顎下腺ノ腫脹チ隅ツ

 体温   三六︑四度     脈臆   ・七こ至

 槍尿  弱酸性透明  蛋自︑糖︑イゾヂカソ璽性︑

診断ホ〃ソフソグモf︑季?

腱遣 患部イヒテす;ルア〃コt〃塗布ボド〃水温布︑沃度加里ノ内服チ

虚シ暫ク経過チ看察スルコトセーー内心或ハ放線状菌病チ非認スル﹁能ハザ

リキ然ル変約一計問後二患部ノ中央稽軟化セシチ以テ某旗二臼リ切開学籍

ケ僅二黄色稀薄ノ膿汁チ洩シ+夕日ニシデ全治セリ・・云フ

病歴其他二於テ甚ダ不完全タ〃チ免ソズト錐モ膿汁ノ性状等ヨリ察γ本病

ナラソ下診シ並一二例下シ追加ス へ終︶

砺術

⑰斎 坐恥

轟齋 坐聚

並恥 賜︽

並傘 坐璽

⑰容 譲匿==昌謬3=冨ニゴ=響嵩===3回昌==聞旧=======匿昌3

轡封岸の讐育機關 宮嶋幹之助

     圃 同濟徳文撃堂

上海に︑近年濁逸入の手によって設立された︑支那人を教育する機關であ

る○此撃堂の讐科ば濁乙三三堂基金へ濁逸に於て支那三三の爲めに酸金ぜ

うもの︶によって経管されてるるが︑該基金に上海濁乙領事監督の許に大

學評議負會が之を活用すろQ庇の評議員會ぼ︑上海在留の濁乙還暦瀬々員︑

及其の他の主なろ在留猫乙人士より害うもので︑爾勢力あろ官公職に在ろ

蜂起W紳士も︑詳議長ミなって學校の終管に塾興する事になってみるG今日

でば濁り讐學堂基金のみならす︑猫支協會なごからも︑多額の資金な與へられ︑叉噌私人や︑會就なごが︑器械標本︑其他の敏授材料な︐寄附して

此學校の事業を助けてみるQ此讐學堂は.蜀乙語學堂︑及工科學堂ミ相合して︑同濟徳丈學堂ミなり︑﹁の廣大な地面に︑宏牡な校舎が籏々建てら

れてあろ09校含及寄宿會の建坪約二萬坪餓で︑尚本年庶にば︑第二寄宿舎

な完成し︑二百ニニ十入の生徒ご︑十一入の敏師ごが住居し居ろ﹂檬になる塘舌

であろQ語學堂ば搾科及工科の︑豫備校書も見ろべきもので︑四級あり︑

百十入の生徒が居る︑留睾堂は︑これ奄前期後期に分ち︑前期三年間は︑

學堂内で基礎懸學な授け︑後の二年間でに︑此學堂附属の同漕病院で實地

磐撃な授くるのであるQ予等の塾観しれのば前期生の敏室で︑已に解剖ご

へ羅録︶第十・九魅  第十號   こ山ハ七

第百五號

こ晶

(3)

へ薙録︶餓州十九巻  第十脇   二山ハ岬八

第百五號

︸四

生理の敏室が出來てるカが.内部の設備ぱ未だ完成して居らぬ檬に見ぴ2れ︒

前期生を敏育すろのば普通學の敏師二名ε︑留學の敏授数名ビで︑丈長ほ

生理學者逸るヂユボアソ聖職へ有名な生理曲者の息︶である9前期生の数

に二十二人で︐後期生ぱ九人居れ︒本校野馳の同誌病院ぱ︑可なりな病院

で︑一方にば學生に法術な學ばぜろご共に︑此猫乙甲術を支那人に施す事が

圭なる目的になってみろ一九=一年度の成績な見ろご︑取り扱う力患者の

数が四九四〇人︑内二三〇人が入院患者で行りに外來患活である・叉これ

葎科によりて匝罪するご︑外科が一四七四︑眼科が一泥〇五︑皮膚病及び

生殖器病が一一九三.内科五入船入である︒内科患者の弗常に少ないのに︑

臼・本なごの病院に比較して︑薯Hしい差であろQこれば留術⁝が未だ支那八間

に﹂能く認められぬεいふ讃糠ミもならう︒此経堂の臨床方面の早早ば︑

何れも上海在留の濁逸讐師で︑三校の組織され六原動力も︑在留猫乙皇師

會のカであろビ払いれ︒猫乙人ば國内にありては︑互ひに相競争して︑犬

猿留ならざるが如き︑商買敵主義な露骨に翼組するのな見ろ事が少なくな

いが︑一歩外に出ろε︐能く一致法結して︑猫乙國の光彩な獲揮する事に

力めて居・oのば︑誠に羨しい事であろ︒上海でも新嘉波でも︑蜀乙人の居

る虜でば︑必らす先づ堂々れろ倶樂部の設けあろな見ても︑彼等の協同心

の強いこ定が照る.日本には昔から︑兄弟塘に闘げこも外其侮秘防ぐの敏

訓があろが︑日本磐師の海外に丁霊すろ者に︑果して濁乙人的の和衷協同

の實があるや否や︑一介の族与れりし子等にば︑途に之な見出し得なんだ︒

智計特配靴工でば猫乙的の嚴重な卒業試論を行ふ事にして居うが︑己に一

昨年︑記名の卒業者奄出しれ︒この三人に︑何れも上海に開業して其琴芝

もよい︒第二同の卒業生ば︑明年六人あるごの專である︒後來此罫引から︑

盒︑多くの卒業生が鵬て隠れば︑早生轡師ビ支那讐師この留師會が組織さ

れ︑上海な起黙ミして︑支那+入省内に︑其駿構肥溜張するのは火葎賭ろ

よりも明らかであろ︒蜀乙の支那に野する︑持久的登展策に︑蜀岸の日本 人の︑大いに學ぶべきでばあろまいか○蜀乙人ぼ︑上海に同︑勢望丈學堂か己に設置ぜうのみならす︑廣束にも一つの包虫校な建てんごしつ㌧あろ︒己に膿東にば北米入及英領人の共同で設立し六︑クリス下敏高等學校があって︑支那青年奄発育しつ\あ毛これに働まされて∩ベルンの駿師︑ドクレルベノイ下ば︑上東地方に一つの讐學校存設立すろ事な狡起し︐自ら支那の内部な踏査して︑麗な他ざ全く濁立さぜて経管すべきか︑或ひば叉既設の母校ピ連絡ぜしむるか々決し六上︑濁世の傳道上會ご親密なる關係たつけ.資金並びに教師な猛乙に仰ぎ︑強個なろ基礎の上に︑轡育な支那内都に廣めん守﹂してみる.此の如く︑留人が讐灌掻張な激つるのみならす︑一の有力なろ支雛協曾が︑猫乙國に起つれQ本年二月退嬰E︑伯林に︐有数の纏濟家︑工業家︑殖民政治家等︑相集って協議會を開奇︑墨斑墨黒が愈設立されたQ其目的ば︑全支那の入側なして︑猫乙の近代に於ける學術ご︑工業の恩澤に浴ぜしめ︑以て猫乙國ご支那この.終濟聖恩係な親密ならしめんεすうにあろ︒忍目的な蓮ぜんがカめにに︑先づ中黒程度の學校な設けて︑濁乙丈明な注入すべき基礎をつくり︑更に工業學校︑讐足掻︑その他の恵門學校な設立して︑支那人に︑近代科學を授けて︑支那々物質的方面から開拓ぜんごするのであろQ叉病院秘支那の各地に設け︑蜀謡講學の因心懸 な都営へ︑︐更に濁乙の各種⁝敢師潜墨・絞及病院等に供給するなごも︑其事業の一部分ミしてある戸外︑己設及後來設けらる㌦書道客止潜助けて︑濁古語潜支那に普及ぜしめ︑國語の領域た斜め︑叉恵門筆者葎支那内地に派遣して︑精しく支那の各方面な研究ぜしむろ︑︑ごや︑描写に留架する支那墨生な保縛誘導ずろ柔なごも︑一諾會の専ら備な注ぐ錨であろεの事で︑現に前に蓮べれ上海の同玄徳丈學堂なごに財制上の偉大な補助な與へて居るQ其組織及び基金資金なごの︑こんな風に集められてみるかは︑未だ詳にぜぬけれこも︑余程大規模のものら

しい

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     二 香港大晦

香港ほ支那の一部でにあるが︑英領殖民地であるので︑上海亡ば大いに其

趣を異にしてみる︒残に英耳垢ば本夕でも黒塗上の事業ば︑概れ人民の自

働的計書に.委すろミいふ︑風がある︒香港でも矢張り其通一1で︑香港盤

學校なるものが香港在留の英字によって︑已に一八八七年に設けられて︑

支那人が此威に讐育を受けて居れQ然し特別校舎があるのでばなく︒各病

院の一部で︒便宜上講義なし贈り︑實験なごも行つぬ︒が︑其設備が極め

て不完全なので︑一九〇七年迄に甲羅香港盤學校卒業者が百人もあっれけ

れご︑●政廃の開業試瞼に合格し得六者ば︑僅かに三十一人に過ぎなんだと

いふQ一九〇入年香港在住の支那の富豪が二人で︑六萬弗な寄附したので︑

政嚥脚でば敷地を白田へ︑殿四學校盲管筑水ぜんミし六︑然ろ一ト一←カに香港下墨・設

立の企であり︑香港在住の豪商モーヂーば直ちに十五萬弗の建築費に維持

費三萬弗な寄附ぜんご申し出力︑時に一九〇七年であっれが此の資金でに.

到底大學な建てる事が出來ぬこいふので︑金持連中葎乞いて手金逃しめれ

結果︑猫り香港在留者のみならす︑各英領殖民地の総督始め有力な人々が

協賛し叉支那入側でも非常に壷坐しぬ窪めに︑︸九〇九年迄に︑酸金が百

二十七萬九千弗鯨に達しれ︑これで最早㊨大信な建つるに足るぜいふので︑

一九=年に香港大學なるものが成立しれQ此大學には︑始め支那に最も

須要な讐科亡工科へ圭に鑛山土木の二科︶ぜのみな設く6計叢であっ六が︑

支那人側の兼望により︐文科奄も設くる事にし且つ此交理事にに︑法律纏

濟政治なごの講座な置く事にしたQ一九=一年に本館が落成しぬので︑讐

科の方でも授業な開始しれ今日ば未だ基礎讐學避けで本館の中に.︑生理學︑

細菌學.風化學︑生物學なごの強要があろQ解剖敏昏昏ば別に本館ε離し

て建ててあるQ百軸に︑此讐科にば︑二百五十・の病床な備⁝へて︑みるタンンー病

院が附騰してみて︑學用患者秘攻幽して︑臨床磐學な授くる様になってみ

る︒目下豪猛の敢授十四瓦あり︑何れも英島人である︑修業年限ば五年で あるが︑第一年ば豫備校で︑讐學の墓礎ミなろ物理化學生物化學な授け.二年に於て解剖生理の二科な獅杁へ画題.年目から始めて︑一外科内科を授け篭四年ご五年に主な學科を課寸ろ︑但し進んだ大葉の檬に︑皮膚科や︑耳鼻咽喉門科等ば︑猫耳し流學科ミしてばないが熱帯病學ご︑公衆衛⁝生學ば牲円に授けて居る︒叉本科の外に︐補習科こも云ふ.へきものな置き︑此讐科の卒業生及び他の讐學校卒業生な︑術教育するやうにして居る.その年限ばニケ年で.外科マ︑内科の實地を夙くろのが主眼であろが︑解剖旧習︑病理實習︑熱帯病學︑産科論人科學︐公衆衛生學等秘も授けろ︑欝科大壷の入學−資格ば﹂年齢十六オ以上で︑カレーヂ卒業者か叉ば規定の入學試弾︵日本の中置程度の普適學§Zアン二叉ぱ東洋語の一︶に合格し選者でなければならぬQ生徒の學費ば授業科︑寄宿料︵食費を含む︶総計一年五百四十弗であるが︑其他倶樂部費こか叉は書籍対等︑こうしても︸年には六百五+弗位はかかるご云ふ︒支那の學生が歓未に留學するよりも︑費用は少獅いかも知れぬが上海なごの學校に比べる芝︑籏分担費が轡望む方であるQ此學校にも亦奨學金が設けてあって︑優等の唐革にば一〇〇弗乃至百五十弗奄與 へる︑殊に英王エドリード七世陛下の名を冠した特待生ば︑英國臣民で優

等で入忘し六ものに興ふるので︑これが六め英國政府では︑毎年三千弗を

大賢に補助して居る∪

     農 エドリード早世陛下盤雨量

新嘉波に の讐學校があるQこれは馬來牛島唯一の讐育生麺で︑英人の経

説宮に﹁なって︑ゐ⁝ろO新青肌披花隅田のγキ又那富自家﹄タンh シヤソ﹂グキンなる血倉亀十工

唱者ピなり︑在留支那入及び東洋入を代表して︑磐學校設立のこ定な︑當

時の総督サー︑アンダーソンに建議しれQ時に一九〇四年である︒総督も

大いに其建議に賛同し︑設立基金た集めろこεな塵世し六ので︑支那人間

の金持連ば︑相集って八萬七千弗を寄険しれQこれによって一九〇五年に︑

精榊病々院の古建物忍男校舎ごして︑墨生二十三人工入れて授業事始め六〇

︵雑 録︸﹁第十九媒堕  第十號   二山ハ九

第百五號

一五

(5)

へ雑錐︶

第十九愚 第十號 二七〇 第百五號

嚇六

其の後政聴では更らに︑講堂や實里離なごなも屠聾し︐叉︑篤志の支那人

が︑校舎な建築寄附し六ので︑常磐校書しての膿裁が備つたQ一九=一年

に至り︑言置資敢憎な︑ケンプリソチ山人音入學の程度に肯同めれQ叉孫王即位

のあっれ際に︑英組入が︑一の紀念金な中金し︑其額十二萬五千弗に上つ

れQ此基金ば教授な特に本部から呼び寄ぜる秘めの資金であるQ追々ミ設

備も完全し︑敏師も揃うたのであろが︑現時蝿校の重餅ば︑評議員十人︵内

六人は在留支那人四入ほ英人︶で決定すろ∪轡學校の惨毒な執ってみるの

が︑十四入あり︑何れも英讐であろ︒但し學校新任の恩師ば唯二入丈げで︐

他は衛⁝生直の官吏︑叉に病院の臨床家である〇一年で豫備學科れろ理化學

及生物學亡生理解剖學葎授け︑第二年でに竺理ご解剖ミ藥物學εな課して

居る︒第三年より第五年目で︑内科外科産科婦人科々圭に授ける︒其外第

三民宿四年にに︑病理學︵細菌學な含む︶な敏へ︑第四年には法讐學ε公衆

衛生學な︑第五年には眼科及精瀞病等を急くる︒其墨科の敷から云うても

亦その程度から云うても︑余程低いもので︑日本の照門學校芒は比較にならね︒殊に年限から云ふご︑五年でばあるが︑第一上級ば眞の豫備敏育で

ある︒理化學や生物學の導師に聞くご︑一億に此塵に來る生徒にば自然科

學の知識が懸けてみろので︒非常に敢号するに骨が折れろこの事であ左Q

睦此撃方に入る・ものに︑如何なる人種⁝でも國籍皿が暗号でも差支へないQAコロ下

之の卒業生及生徒を見ろご︒支那入印度入馬來入混血種等で白人の生徒も

稀ににあるが極めて少ない◎叉日本人も是まで二人卒業してみろ︒長い間

此校に教鞭をぞうて居る教授に聞くミ︑目本入は最も優秀で︑之れに次ぐ

ば印度人戦ば支那人で︑馬來人は最も劣るピの事である︒現在の生徒ば八

十八人で︑中一入の印度婦人が居ろ︒叉卒業生に総て四十五人で此等ば外

に出る書直ちに開業し得るのみならす︑政聡でに官公立の病院の臨画や衛

生讐官に直配して居る︒卒業後病院の讐員ざして働く時にに︑大概月百四

十弗な給し年抽追うて昇級し月三百弗位にば上ろ事が呼号ろ︑粉糠では自 校の墨・生のみならす︑他の相當の馨學校の卒業生に焦し試瞼な行うて慰書な姐ハへろQ此誰書な心得るε︑開業の資絡があろO︷零点の黒藻含日で甲西めた墨・校の卒業生に内科外科産嬬人科の試瞼な博くるのみで︑合格さへすれば︑︐此上校の卒業者こなれる︑手燭牟島の開業にば︑別に開業試瞼がないので﹂何れも英書の規則で認められれ内外の磐三校の︑卒業者に限られろ︑日本の留山は︑帝國大學卒業の讐學士でなければ開業の資絡が與へられない︒本科の外.御笠でばドソンサー︵陸軍の看護手の如きもの︶奄養成して居ろQ其年限ぽ二年で︑解剖學大意︑化學事物調渕衛生の大意ぜ︑看護法なごを敢へ︑之な修了すろε︑病院の介補ごして探覚すろ︑初任に年四百八十弗であるが︑三年を経るε︑六百六十弗になり︒夏に二年彪煮れば︑入百二十弗εなり︑最高添⊥一百弗までな給すろ︒現在の生徒に六十人で︑此講習二選り妊るもの五十七人︑何れも牛島内の病院や︑藥房に使用されて居ろっ雪濁牛島には別に看護婦ビ云ふべきもの︑養成機關もなく︑叉希望者もないので︑照照の手背ひなずろ特殊の者が非常に必要なわけで︑從って此ドソンサーなるものが︑比較的好遇されろのである︒以上各地の讐育機關の二三な見ても︑英米猫の讐入が︑如何に其學ビ術εた︑東亜の地に振めんご努力してみろか撃分る︒而して︑其遣り方な見るミ︑夫れぐ各國入の特性が︑興れて居る檬にも考へられる︑英人ば何虚までも持久的に︑然も誘導的に︑其土地の人民秘して自選ぜしめてから︑實行に曽湿する○謙遜墨入ばヤンキー悪質な璽揮して︑人道上から支那開獲にカな注いでみるQ猫耳國に至りては例の濁逸語な支那に普及し︑其上に種々な専門敏強国成し逡げ︑以て支那ご濁逸マ﹂の︒薫製的連鎖秘つけんεし︑朝野相協力して︑支那の要所要所に支那開獲の旗秘暴げつ㌧あろQ唇歯の關係にありてふ我が帝國の海遺れる思人に︑今日何秘支那に︑向ってなしつ・\あるか∂己に英領殖民地の一隅に於てさへ︑讐學士ならね留人に︑

耳管の槽な瓶絶されて居るで仁ないか︒早娩︑支那なε甚も︑讐育が男盛

(6)

に赴かば︑濁逸人や来國人は︑支那馨師ε師弟の關頑な結びて︑一盆︑其讐

櫨な掻あ︑日本人なごに支那内地に入ろぺからすミ︑排斥されろの日が來      へ  あ へらぬξも云へぬ︐今に同胞相いがみ合うて︑互ひに患者の凌辱策なごに腐

心すべき時代でばない︒叉本の老讐先生蓮も︑子孫の爲めに美田なごな

買ひ満⁝足の笑みな漏⁝ず㌔へ斗・時代でPμあ二うまい︒宜し〜︑盟円弛の徒他州報⁝達し︑

自らも亦陣頭に立ちて︐帝園の磐橿た︐亜細亜大陸に掻めねばならぬ︑何

事ぞ︐指なくはへて漱⁝米遠隔の讐人亡して︑東亜の地に横行ぜしむるミば○

工費診療問題や︑讐藥分業悶題なごに︑これ蝸牛角上の争でばないか若き

五師蓮よ︒卿等に弾丸黒子の地に開業難を噸つ聞に︑何故眼光な東亜の形

勢にに注がざるぞQ﹁濁逸なごに遙ん\ドクトルの名馬な得ん建て費す金ぜ

時臼ごがあらば︑先づ支那に・族行ぜよ︑南洋秘親察ぜよ︑解る後に其力を

學術ε人道ミ我帝國煮の六めに捧げよ︑支那塵外の蒼生に︐卿等の助力を

望んでみる︑叉南洋の地に︑卿等の足り開拓するを待ってるる︒然しなが

ら︑蓮大の志を抱くの士に︑先づ其心な潜めて︑學術な研究し︑其準備ざ

なぜ︑準備なき戦争ば敗朗に遷るのが聖職であろ︒︵目本宅事週報︶

員閏国朔煽胃口囮閣一ロ冨属口圏剛圏■噌隔即ロ剛隔日凶聞讐酒瓶鱈閲四馴團團■口油画七一罰閣岡期鴨閣厨口■匿■嚇闘翻騰口口閃旧閣隅轡

⑳吉田幡誠君を悼む

同期卒業田上清貞︵富山市︶

入月十日潜逝去されし旨︐廣島の寓灰より突然案内に接し眞に驚愕言

ふ頑な知らず︑君か知れる手々の深く愁嘆しつ・︑あるば無論なるも予   ば同窓同期卒業生塗して嫌に痛惜に堪セ2ざるな以て並に君の人ミなり  奄敬号し謹て哀悼の意な表ぜんεす︒君ほ金澤の産︑大谷中學︑︐第四高等中學校補充科等に學び輔じて第四高等學校讐田部讐理科に入歯し明治三十二年十一月同心卒業す︑三十三年一月東京帝國聖母大學第二院佐藤外科に介補ピして夢心外科秘修む︑以是宮田敢授ごば同讐局勤務の關係な以て知巳れり︑三十四年春愛知縣豊橋病院外科次長兼落去梅院主任轡流して就任し在職二年能く精働ぜり︑三十六年長野縣飯田病院外科部長ピして赴任し敏腕な振ふ︒時偶々日露の大戦に際し君が強大なる患君愛國の念ば︑孕んで陸軍々讐秘志願するに至れリ︑蓋し君の性淡自快活にしで︑最も軍入に適合ぜろを以て君ば夙に軍制志望六.リtなり︑乃ち明浩三十一年陸軍省が始めて我が校に陸軍々讐依托生動募集ぜしεき君此れに鷹じて︑叉卒業の翌月海軍々盤學校に志願ぜしも︑何れも鼓膜穿孔の故を以て其の志を果す能ばざりしな大ひ.に遺憾εぜしに︑今や好機な得て陛踏継馨あ拝命するに至りしば實に君の名轡にして叉予等も其の喜び秘共にしれり︒迫れより弾帯廣島衛戊病院に奉ずろ︑︑ε拾年常に置網勤

ス貞ツ︑鼓に.特記す︒へ身温μ画︸君伊μソンソエンX光線の技術に長じその宙跡羅陶

軍盤ざしザ︑精働ぜしぬめ︑君の各指端及び指爪のこれに冒され攣形するに

至りしに︑君の斯滋に於けろ野心蜜忠實葎証明してあまりあり︑君濁り妙

技を有するのみならす叉斯學の研鐙に熱心にして其成結な時々廣嶋軍讐會

に於て嬰表ぜり︑現に七月汁四目其の例會に着てX光線の胃腸診噺に就て

講じ六るが如く其努力嘆賞するに足ろQ君ば學友に厚きが如く叉母校を思

ふの念頗ろ深し︑嘗つで︑我が級卒業に際し其紀念ぜんがため圖書室設立の

必要か認め︑これな時の院長鵬碕先生に圖りしに先生大ひに此畢な賛ぜら

る.於是三等卒業生各自持ち合ばぜの書籍若干宛な寄附すろ事に決也しに︑

君ば卒先東京留事解誌一年分秘寄購ぜり.これ今の盛大なる圖書室の基礎

にして叉本絞に圏書寄附の頁風な啓﹇獲ぜしな喜ぶ所以なり︒君叉東京に廣

︵灘報︶第十九巻  第十號  二七一

第百五號

一七

(7)

︵雑報︶

第十九巻 第十號 二七二 第百五號

一入

島に同窓會の開かる﹂毎に努めて幾席し母校な語り或ば學友書快談するな

樂めり︑今春四月東京九段階行競に於ての開會に君の出席あり︑予に七年

振リに君の悪顔を痒し其健全な暑し六ろのち︑君の末が令息逆鱗げざるε

の事に︑同席の學兄生沼博士ざ予こぼ共に眞傘ご譜誌を以て問ふ︑其に恐      ヘ  へ  あ  へくに君の職務に患實の余りX光線のため叉手指の如く君の睾丸もヤラソシ

に非ざろやε芸凱し友秘懐ふごビ厘μけソれげ一なdり︑君笑ってb興傘に匁阻へぬ或ば

然らんピ︑君は所來天眞瀾燈六るを以て君か識れる者︐皆な毎々敬愛ぜざ

ろも・のなし︑胴宴終って更に九段坂下の風月堂に君葎始蹴ピし口悪醤専の生

沼︑森田の二敏論︵三十一年卒業︶︑大阪衛生試瞼所長北ド〃下〃︵三十年卒

業︶︑東京開業の竹中ドク︸ル︵二十九年卒業︶︑富山縣會副翌桧にして同縣

馨界の宿老野島喜三耶︵上阪詠唱先生ビ同期卒業︶の諦君及び予の七名痛飲

快談十ハひに﹁胸襟を㎜開吾・目し愉快回μ︑ A一に﹁して田脚へげ昏此げい君マ﹂の〆生別に■〜・て瀞入

死別葎兼ねしものなりしを以て實に痛嘆に堪セ冒す︒叉六月国訓に予が在掌

中の畏友長野二等軍讐正が特命検閲使随員εして廣嶋に着ぜし旨通知あり

し一9へ︑予ば同様に宛て職務の重き書け充分検量調査冠られん事な去るビ

て︑同窓の友なろ君が公務に熱心の停りX光線に因り手指に損傷ぜるな殊

に注目ゼられたしε一書な逞りしに︑此事欝の知ろεころぜなり不肯の予

に友情の厚きな感謝する旨の懇書ありしに︑予に君の入ピなろ為賞し唯だ

公けの上に告ぐろこεの至忠なうな以て述べしのみ︑君響くは照々職務の

上に忠實おれよε認めしに︑此ば現今にして考ふれば君への最後の斜里に

して永別のものれりしなり實に悲哀に絶ねす︒

鳴呼君ば前途有爲の均な以て三十九歳な一期ビし忽εして逝きぬ.吾等に

今や君ど幽明な異にし哀惜言ふの忍なく痛嘆是れに過ぎす.嗣蛙に君が英一蟹

な慰ぜんには吾等は盆々學に志し業に働み母校の名な高むうにあり︑︐謹て

深く哀悼の意を表す︒

騰廣島通信︵今井亥三松氏逸信︶

年号金澤讐轟同窓曾に幹事なく堀大次嘉吉田幡誠今井玄三松恵ら幹旋の勢

な取りしを遣憾ビし前回の総會に嘗て今井亥ミ松秘常務幹事εし事務所を

廣島市猫屋町に設け會員の交情な温めんがカめに來廣叉ば在廣諮氏に必ず

住所ω氏名な同事務所ωに一報あろべし亡云へ一り題

目下襲廣の曾員左の如し︐

松浦︑西村.吉田︑鶴野︑︵以上静思︶築紫︑今井︵市内開業︶堀.橋本︑

藤巻︑栗山.上田︑中出︑末岡︑宮嶋︑大西︵以上奉職︶

會興隆島衛戌病院附陸軍一等軍器吉田上帯君ば本月二日急性腹膜炎に罹り

同四日廣島衛戊病院に入院加療ぜしも道石効葎奏ぜす同十日午後六時十分

外に永眠ぜられカリ由君ば明治九年金澤市に生れ同滑二年十二月金澤盤薯

か卒業し二尉八年陸軍三等憂欝に任ぜられ廣呼野戊病院附に補ぜられ同四

十年二等軍讐四十三年一等軍讐に累進し今日に至れあが氏に同院外科室を

撰任しエヅクス光線室主任六り殊にエックス光線上半學の士こして世に知

らる︑亨年三十有事︐氏ば爾膏秋に富む均た以て帝の耳触にあり葬儀ば翌

十一日午後五時自宅畠棺向西舘に於て施行ぜられ添うが棺側ば牧歩兵第十

一聯隊長片山陸軍一等昇任西村二等軍慰書圭に未思入勝子女史にして特に

儀佼兵を附ぜられ會葬者ば大谷第五母野長閣下撃始め加越能郷友會員金澤

馨轟同窓會員陸軍軍讐分業員等無慮数盛名にして同窓會よ唾放鳥車壼塩町

贈り哀悼の意を表す式場に於て齋藤衛戊病院長︑長尾軍配分團長の懸詞あ

りて極あて重葬なりきQ︵八月九日︶

鱒富山通︐信︵編田美明前通箏

ム富山協同讐會 去入内二十B午后八時よリ富山市公諾諾に於て開催松原

(8)

櫨⁝士の講演あてり﹁動豚硬化症﹂﹁アプデルハルデン茂業際の由懸用﹂﹁血族結

婚問題﹂の三大題目に就春約四時間以上の有盆なる演設あり會員一同に

 露なろ智識な興へらろ終って茶話曾に移り田上清貞氏の博士に野する謝

辞ありて散曾ぜしば十二時応分頃なりき︒

▲母校翻身同窓會愚同字一日午后七時よ掃富山ホテル棲上に於て同窓言開

 仁徳山縣敏応仁夏季講習會に講演の歪め中富の松原教授も出席ぜられ︑

 水入らずの伺窓ピて談笑湧が如く一夕の宴に多大の蕎情葎温むろ葎得f︑

 家路に就きしほ午后十一時頃なりき同日ば富山大重富の跡ミて浸水會員

も多く出席者割合に少敷なりしに是非もなし行所の出席者ば︑臼田徳次

 鄭へ言出︶堀米次郎︑田上清貞︑高田範國︑長澤安弘︑加納景成︑近郷重..孝︑坂井茂︑豊田鏡︑西野宗之︑墾田美明︵讐出均︶の十一馬なりきQ

▲母校出勇者の開業 本年七月以後市内開業の諸氏は高木安治民︵四十一

年︶西野宗之氏︵四十二年卒業︶の二氏ミす高木氏ば卒業後富山赤十字病

院内科に研學︑内科開業︑西野琉ば金澤病院内科一部に研鐙喜ら内科小

見科の診療に從事ぜらろ︒

▲森 粂次鄭民︵四一︶ 東京帝大佐藤外科に研學中の所夏季休暇な利用し

蹄省申の歯入月下旬再び露京ぜらる︒

▲吉澤鵜寛氏︵四一︑二等軍留︶今回姫路へ輔任の途中体暇を利用して登

極︑富山の奮知な訪問し赴任ぜらろQ

⑧久 保 博 士

本校出均の久保武底ほ去八月讐學博士の學位な受領ぜられれり同氏ば明泊

三十一年本校な卒業してよリ暫らく小川勝陳敏授の下に嬬人科學を修め翌

年東大田口和美博士の下に解剖學な恵攻し次で京大に移り鈴木女太郎博士

の下に愈々深く研究し之より愛知讐専に出で㌧解剖學敏授芝なリ後ろ朝鮮 讐學校に韓じてより朝鮮入に就て入類學爵研究旭靭め孜々建して倦まず其研究ぜろ所廣くして結Q其熱心Q其精力e其忽耐ぽ他に其比な見るこご難し宜なる哉六年間心血秘灘ぎて途に膨大云ばん方なき業蹟な暴げ之な提げて墨位な請求し直ちに諸敏授の感服する所こなり今日の月桂冠な戴くに至れり○後進の須らく敢て竈鑑電すべき所なりQ顧ふに久保博士ぼ朝鮮人の人類學界の最大﹁ナーソリチ⊥にして其榮蟹置斯學ビ共に世界到る塵に輝・き・承遠に滅するこ電勿ろべしさすれば全博士の學位に目ハだ↑に全憧叫士ご梵ハ家系この名審のみに止まらんや堂吾校の名響のみに止らんや此に於て全博士の自愛自重な繭ろこ定更に切なうな箆ゆo全氏の蹄省を機こし九月八日金谷舘に於て全博士の漱迎會あり参會ぜる者學校及病院の職員及び市内開業の有志諸氏にして獣を鑑し全博士ほ令閨及令息ε共に同夜直ちに金澤な患獲し紳戸より大連に向て渡航ぜられれりQ其略歴及.學位申請論交題目左の如しQ     提出圭要論文

一︑朝鮮八膿質的入類學補遺 ︵濁逸文︶

     略  歴

明治三十一年第四高等學校磐學部磐學科卒業幽同年繋術開業免状受領ム同

三十二年任東京帝國大學讐科大學助手鵡同年解剖學敏室勤務申付△同三十

三年依願免本官心同三十四年任京都帝國大學讐科大學助手企三十六年依願

免本官轟同年愛知縣立磐學専門學校敏論に任す盃同三十九年叙從七位A同

四十年韓國大韓讐院敏育部敢官こして同國政府の招聰に磨すろの伸詐可す

ム同年大韓讐院敏官な囑託す塩同四十一年任大韓讐院敏授叙奏任官三等△

同四十二年謙任大韓讐院留官盃同四十三年陞叙奏任官二等ム同四十四年南

瀧讐學堂敏授な命す孟同年任金澤讐學專門學校敏授△同年叙高等官七等△

本年入月在官の儲南満洲鐵道縁式會杜の職員芝なろの件許可すム同年解剖

學科目に就き南瀟磐學堂敢員れろこ¢な認可す

︵雑 報︸第十︑九巻  第十號  ご七三

第百五號

一九

(9)

へ雑 報︶

第†九巻 第十號 二七四 第百五號

ご○

期 日

會揚

 第壷席

第蔵席戸峯席

第四席第五席

第六席

第七席

第八席

第九席第拾席

⑳十全會圖書室第五岡抄讃會

大正参年六月参日

金澤讐學専門學諾諾科敏室

瓶會的諸現象ノ乳見饗育朕態二及ス影響Q︵圓家讐學︶

      磐四 村 山 艮 卒君

飲酒︸結核Q︵近世旧事︶   讐四 三 浦 信明君

組織体外培養二就テ︒     細事 涌弾 正 雄偉

癒傭獲作二封ス〃﹁ルミナール﹂ノ糊塗Q︵幽外留事︶

      講参 田 村 総 七君

討 論      端唄石川義助君 一︑ブリポエス蓮ザポノイド︒留四申島理吉零

   ︵人及二三ノ動物血清中二存スル所ノ新物質︶

二︑黄色単勝盤チ以テス〃喀身内蛋白質ノ

  定量的検定法○         全      人

淋毒性疾患二封スル﹁コラ〃ゴーッ﹂静豚内

注酎療法ノ債値︒       笹野 森     董君

腎臓炎ノ治療︒︵治療新報︶ 讐四池田謙毒需

非結核性肺炎疾患︐非病肺炎異常︒︵讐事新聞︶

      讐四青 山  繁君

一︑上唇ヲルンケル﹂ノ頭蓋腔内慢延ノ一例9

      十四毛 利 清造君 ご︑海綿費血栓ノ診噺Q  全人 三︑小見結核ト氣管枝腺結核︒へ日毎讐學︶全人

本年礎最後の抄讃會ば直に懇親茶話會が催されぬ︑席上松原先生ば猫単語

の使用卜山寛︵の牲及翫㎝尾の墾化に乱肌て注音⁝を鬼ハへ給ひ・︿阿ほ﹁ラニノソ﹂ご佛銃鮒己 の要求ば漸く新時代の一現象なりぜ指導ぜらろ終りに臨み内外讐學の優劣な論じ偶本人に忽く永遠に研究心為養成ぜざる可からすミ訓へられ午后五時三十分漱な灘して閉會す︒    噛   ︵村山生記︶

⑳圖 書 月 報

︵悪慣︶

  三四

村 山回.李

謹啓時下春暖之瑚御腰愈.酒器隆盛の段奉賀候陳者本校十全會雑誌部ば一昨

年九月側めて慰書薗覧室な開設仕り候塵未だ日尚ほ青く不肯其任に理りて

合後の改三縄展な需るに何等の定見無之幸而御校多年の御経瞼に基き御指

導な垂れ給にビ不省の最も光榮書すろ所に御座候翼くは左記撒項來る五月

五日迄に御報知有之度伏図鶴首の至りに御座候 頓首再拝

 萱︑御校青黛校圖書籍の創立年代

 戴︑御校圖書舘11職員本位なる哉外生本位なり哉或ば叉両者合併的のも

   のなり哉

餐現茜月に於ける艶書部数及維二種鍍︵甲︒盤學之部乙︑薯門以外之部︶

 四︑閲覧入揚者最近一ケ年間に於ける数字的毎月の清長

 五︑閲覧時間の關係

 六.圖書貸掛︵露覧室外の有無

 七︑圖書室書籍の筆入及び其事務に如何なる人なりや︵以上︶

  大正参年四月廿四日

    金澤施.ブ學轟門三校十全會圖書室︑讐科四年 村 山 頁 挙

   三讐科大土十七讐學導門學校圖書部御中

前暮本校にてば未だ書庫圖書館並に閲覧室の完全なうものな敏き御参考ε

相成ろ程の点ば無之候へ左記三校︶

 新潟遺句薯門學校︒日本讐漸進︒東京女子盤學悪門學校Q

(10)

︵雑報︶

第十九巻 第+號

識百五號

學 校 名

    統    計    表

讐育機關=於ケノン各地學校ノ藏忌辰

種別

東京帝國大學附屡 京都帝國大學附驕 九州稟議大柏讐科 大隅

東北 盤學會

東北帝國大回讐學 専門部

キ葉讐學專門學校

慈囎院騨專門{

學校

日本歯科半開專門 底面

東京歯科平明專門

皇胤讐學募翻

京都讐學恵門學校

大阪高等讐薄樺

岡山讐學專門學校 長崎盤學薯門學校 熊本讐學勢門學校1         ト 塞灘讐學專附帯校1

洋 書

舘舘 書書附

姻一圓

  室川  三三  室−合  合一一室室一校 二二書 學學 友附敏 學  書回書樂   圖書  學校 各併 併二三圖娯學 ー ー f量  一  一

十全一

13.3sf, tvs

157.8−g,4.

ユ.009

3.E 93

2.675 1.22ユ

2.700

3.9, 05

2.993

專門445

暮門外1ユ

  717

 2.or 67

隣門39

事門外5

和 書

コ3.000珊

(盤學)

17LO17

(全部)

三門書回内

 299

(讐學)

 1.911  2.487

 314

 .D82 和4.588 漢3・905

6.080

rDO艮∪5

3

和  194 漢  17

 840

sros 2.20ro

ユ0.394 ユ5.60

6.4・61

7,0rJo

.和303

漢500

 1.246

 365

4.164 9dl

総 轍:

26.386珊 328.86ユ{蹄

 1308朋

 351

 6.25b溺 5ユ62朋  4.517珊

 9.745朋  ro.ooOma 13.565栃

 9.073朋 ユ8.000 ユ0.625朋

7.99ユ部 871部

928朋

3.407部 6.338拐  599謡

歌交 雑誌

9.00

nヲ5 47 36

噌⊥9臼

26

9.1

04⊥

3

日誌和雑

。.5

3Q︶ドD6 3ー

ワ・9細

18

30

62  7

総敷

225糎

100擢

144.種

2CJO

85樫 47檀 163種 ユ25種 44種

221種

}・・9種

      (大正参年参月末日調査)

十全二二書室二二細目

出際

轡學之部

專門以外之部

部 数

Qり5

3

赫数.4

85

和 書

部 敷 375

54

冊 敷 499

80

漢幽

早i淺警

部 敷 106

;冊敬

・ZO9

(11)

現在二於ケ)U持績雑誌ノミチ揚グ

雑 誌 名 猫交書學雑誌 盤工臨門雑誌

讐學新聞類

各地讐學會々三

種 1 13 9 2i

雑 誌 名

藥學雑誌

讐學校友會雑誌

剃鱒

5 12 5 7

學  

十 全 會

総  

3407

5・99

4008

5497 811 6338

    士ロ   ム冊    系    噌一一面鳳︑吾人に當該學校創立ミ閲覧室設置ミな考察し及ぼして購買藏書数を年

月日の長短に依り多寡攣蓬の一般な窺にんぜぜんかご惜哉全部の蒐集を

得す故に此にに署す事定ゼリ︒

閲覧者最近一ク年間ノ数 警

  東大圖   京門門   帝附舘   1國薦

『輸墨

︵大正三年七月月謁

 ]I  I互

IIX III I

v VI

VII VIII VIIIE

x

Xl

XI亙

合計

26Lt7 303Lr 28rDo 18roro

2565 1046 274 119 1725 rk365 3874,

3427 金

澤 312

47ro 585 490 685 329

ユ73

713 405

4・32

4598

4,rD 9

ヒ&nム月︵

本崎

201 一一

38 29 12

Jr ol ・

27

11

4,9

34 9 279

27 150

岡山

122 136 269

1rJ ro

254 87 23

249 394 380 320 2389 217

不明

京都

332 323

1531  一一一一

282 552 659 326

259 119 406

ca36

3657 332

粒調中

欝慰墾︑

東京歯丑

一 開

日本歯科︸聯珊蜘鰯謝蹴

34

229 125 321

ユ96

2395

2ユ4 4,0 100

未着 東

390

一日十 三弱

へ囎報︶第︒十九

第十號

七六

第百五號

(12)

農︑學校圃害ば是煙して各敢室に分配し金食龍脳諸書及び研究生の塾考に

 供する亡共に倫志望會員學生の利用に惧ぜられ十全電命書室ば専ら先輩

 及び在校生の善汎的欝學研究に當り自由に素面全秘計らざろ可からす顧

 現時本校の圖書難誌挑羅制度は蓋し策の上業な得ぬりご言ふべしQ

罵︑本校圖書部数に全國磐學轟門學校の巾位に在り十全會圖書ば愛知慈惑

 會讐院に次ぐ是設立の薪しきに起因すろピ錐子棄が十全野々員諸兄は斯

かろ少冊撒に甘んず可からす特に欧字雑誌を増加す可き也Q

四︑閲覧入揚者ば全國讐學衷門學校中に三六されば此の讃者暦勢力奄し

 て盆々自重持久し他日の雄飛の資ピ可し︒

五︑東北大學讐學專門並の午前八晴より午后入時迄の外ば何も正午よ午

 后五時迄なり定す然に我が十全會圖書室ば前學期の終瞼に基き後學期に

 は會員諸氏の人格に訴へ午前入時より午后姶時迄開放ぜりQ

穴︑圖書貸出に各々も等しく是な観す抑も開舘の主旨に要するに是虜に存

 す〇七︑事務主任に敏授を置愚其に次で書記あり我が十全會圖書室に上に松原

 先生︑川島瓜為戴き下に雑誌部委員あろば既にその結構秘完に幾庶から

 ん︒     所  感

四︑照會駿中圖書舘の字な挿入し六ろに或ば圖書室ば圖書閲覧室亡し語弊

 葎招きれうものく如し︒

二︑藏書恵門之都中に馨學藥學書の混用ミ否マ﹂の別ありしならん︒

誤︑圖書存郡門にて計算する時定戸数にザ︑調査する時定に自ら其問逞庭な

 生す故に吾人ば本校藏書に就て雨者の比較敷罪な揚示す◎

四︑閲覧者敷の一ケ年同の統計により新學期ビ試験時ξに多小の増減た見

 出すに非らざる哉.從て其手書室か参考書の專門なるマ﹂雑誌閲覧な圭電

 するの傾向な鏡知し延いて會員の利用如何な推察すろ事な得べしQ 眠︑十全會 働書閲覧室に︸昨年の館⁝立にあらず一昨年複興改善に着手しれ るな以て前文の食言な訂正すQ六︑前蓮統計表ば第十四同十全會講話部大會に揚齢しれろε同一のもの 也ゆ七︑滋藤極まる愚論た敢てし鉢山ば大なうもの也唯賢明なる會員諸氏の鎭 夏一讃の榮葎得れば幸甚の至り也Q         ︵全︶

愚圖書月報蕃外︶

寄購圖書並芳名如簾

 皮膚科學 下巻        土

各羅誌桀類︵醐顯︶  高  新纂外科総論︵業平︶下

 人体解部學 へ内臓之部︶    石

謹而御厚意秘深謝し倫本舘の紀念蔦すQ

五月之部

六月号部   内

六五

月 月

閲覧総員閲賢総員

農工  讐四

三四 一一八

三〇 一〇五

讐四 村 山 良 導

川卒安肥 暑先先先

  主

多生生生

六百入拾壼名

参百武拾九名

 盤参二入一

一一八 暑熱一四二

四七

     十全會圖書室雑誌分類総目録

玉壷門 各地各種盤學會々報    試拾七種

第戴門 讐學分科専門雑誌     戴袷九種

二四磐 九〇壼

︵雑 報︶

第十九巷 第十號 ご七七 第百五號

ご三

(13)

︵雑報︶

第十九巻 第十號 二七八

︐第百五號ご四

第峯門 曹汎的盤學雑誌

 第鳳類 床的讐學 第ご類舐會的讐學

 第三類 敵交的讐學

第四門 藥學雑誌

第五門 校友會雑誌

 第︸類 讐學及藥一校之部

 第二類 高等専門雨竜之部

 第三類 中一心蓮學校之部

雪山一門  殴酉墨︐藥総申以外各州緬⁝曲雑款融

 第一類 日本丈墨之部

 第ご類 欧洲交學之部

  備.考

  一︑

酒壷戴拾   白酒 種種種種

拾九種

八﹁ 種煎三九種

武拾壷種五  種

    本雑誌目録は濁噺に出でて分類調停す其の妄動ば多謝多謝Q

  二︑本雑誌分類導引ば大正参年入月調査に基くもの載り

  三︑諸家の業積類ば早書目録に編入す〇

  四︑分類に地理的︵北方より南方へ︶或に勇体.的︵頭郡の上位より下位

    に︶關係によるもの二三奄除くの外は鑑くいろは順な悪用す〇

  五︑雑誌種類敷ぼ圖書室揚示の分類表或に叉雑誌目録を塗照ぜられ度

    し︒       ︵全︶

回顧すれば大正武年秋九月+全會圖書室係りの重任秘回してより漸く一星

霜今や下して薪進英俊の士を相向ふろに當り吾曹ば悠々不断過去幾多の怠

慢存謝し併而色々今後の興隆饗展な蕨る吾曹11恩師松原先生川嶋俊氏を初

め賢明なる會員諸璃の指導糞賛奄仰ぎカるぽ未來永蓮に深謝すろ所なり︑

痔に同窓若山東陽君な推し爾ほ織田︑杉本︑湧井の三兄な銘す是に本誌の

飴白為誇し以て辮⁝任の一詞に代ふO       ︵終︶

⑳圖書 月報

 購離松井婆嚢劇

口︑屑川人体解剖學

三.今田實用解剖學

五.大澤新撰解剖學

七︑.鈴木解剖學名最

九︐金子胞生學

十画︑須藤讐化學實習

十嵩︑船岡新撰生理學

十五︑山極病理學総論講義

十七︑下李診噺學

窺︑繰鞘.岡薪氏

二十四︑下雫新纂外科各論

三豊︑蝿田瀦難断 二蓋︑護響奨鞍

壷試野壷参壷壷壼壷武塾壼

朋・朋・朋・紛冊冊;三見班朋・朋・朋・

壼珊 二︑9石川解剖三一帖四︑二村近世解剖學六︑大澤組織學八︑金子細胞及組織論十︑下山提要無機化學十二︑長嶋生理學講本十四︑田中新撰臨床病理墨十穴︑森島野物學十︵︑井上内科新書

一晒¥︑下弔新纂外科総論

二壷二︑小川近世眼科學

二野︑麟調薫蒸

試一壷戴萱壷四壷壼一壷四

珊珊朋・朋・朋・冊冊朋・研溺・朋・朋・

二重︑鰍醐灘竃三

二+七︑馨期四丁語新難

二十八︑自︒臨B昌口・℃旨9溢︒げΦ︒a びQ蜜白日塑註犀巴δoげ霧 ≦o洋Φ一部︒げ創2

    d①算︒・oげΦ冨己Q鷲きF

国一¥兎︑国三目需巳㊤●図罵巳㎝oげΦu﹈︶陣三口︒ω寓ぎ

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    ﹈︶貯σQ醇︒馨涛︒

 前鷹チ訂正鰹

(14)

︵雑報︶

第十九 第十三

七大

第百五號

㊧新入 會員

.墨科第一學年

氏今

白幡

宮由

   名

田 俊英

 申  吉山  正

子 敬藏 尾雄 馬

城  定

井 芳 扇

田新作

野掛 一二  孝

利悦夫

口 悌 二

鷲谷嘉英造 上 幽成之

本籍島根石川三重滋賀兵庫宮城石川石川石川石川兵庫石川秋田

石川 ︵百三名︶出身中學杵築中金澤一中 小松中

膳所中中學鳳鳴塾

 幅井中

金澤二中

 小松中

金澤咽中 小松中

盤画学 金澤二中

 秋田中

 高岡中 唐    名

上 田  高

梁  成  一

嵩 田  牧 早川留三鄭 堀地 四朗 山崎 和 雄 垣見健三

竹中 和 一

家 田耕三 西村無毒 藏  語次函 渠瀬太蚊

岩 切 一 油

石 田 三 治 本籍石川石川富山新潟富山石川滋賀眉川愛知奈艮石川富山宮崎

石川 出身中學成城鴨脚尾中富山中長岡申魚津中小濱中膳所中金澤一中愛知三中郷山中金澤一中礪波中宮崎中

小松中 第一類 H本丈學之部  戴拾七種  ︵武拾壷な訂正す︶辮滲門

第三類斜子學雑誌 熱種︵壷種な燕種ビ訂正す︶     ▲寄磨藥品

       横濱︑バーセル化野工業脚下藥品都殿

順︑ヂギフすリソ 見本岨面 ︹ヂキタリス測︺

 第 第

第滲第六 三門一門

川別南松岩矢野中波林石中鎌藤李米野快津登村桶大佐池徳

合蹴1識武川欝暴膿竺辮響

豊雄典郎雄一之雄徳雄濟男一三郎三鄭次夫男朔惑志李郎良 静三頑新岐長愛長輻静山徳福愛石鳥輻石愛石石富長麺山石 岡重井潟阜野知野井岡形1島井知川取井川知川川山野潟形川 濱學鼠武三明諏愛長編濱明富武愛七来編金愛金早富長佐蕪小 松院宗生條倫訪知野非松倫岡生知尾子井澤知澤稻山野渡内松 申渤申中中申五中中中學申中四中中中一一五一田中中中中中       中   院.  中   中中中中

西村・脩三 今田繁劇 林  喜頁 清水友次郎 淺 井 

武内宗四耶 宮田太喜男 藤野保太郎 永井省三 伊蓮喜準 柳井伊義

森  課 二 河邊俊吾 川端榮三吉 羽田昌三 朝 日  勲 業  政 明 鈴木外蔑治 前田信吉 俳克政外 中川正儀 野々山 全 備 藤 

打田義芳 吉岡正義 小 西  敬 兵庫豊岡申 吉響講 着川金澤一申 石川金澤一申 愛知愛知二中 富山富山中 石川東海中 編井輻井申 石川金澤一中 薪潟巻中 富山富山中 輻井大野申 富山礪波申 富山魚津中 當山富山申 滋賀京都三中 輻井編井中 石川小松申 石川金澤一中 石川金澤一中 石川錦鳥中 長野松本申 栃木眞岡申 石川小松中 奈瓦畝傍中

冒田ヒー 冒岡トh﹁一殖斗7 廉川4プ仁

(15)

︵叙任及僻命︶

第十九巻 第十號 二八○ 第百五號

二六

中尾藤武高藤松的中小吉中

西山江村聡 ウ雌曜

 友琢力太太榮挨勇次

両三麗爾男雄郎郎松4s市郎 石富群徳嘔新石大石栃島新 川山馬島岡仁川阪川米根潟

藥學科第一學年

 員    名

 水野勝太耶

米田長田杉坂照吉矢岩島水,氏 野尻谷中藤非林谷後井 野   川総       _勝 政好陽三正捨重精衛靖一 セ

一雄明郎章三夫二義治郎耶名

,備兵愛兵愛石大石富大三岐本

井庫知庫知川坂川山坂野阜籍

 金澤一中  宇都宮中  松江中  長岡中

富田林中 金澤一中

 長岡中

 金澤一中

 束京中佐野中

 礪波中金澤池中

︵二十八名︶

揖身中學

大垣申三重二中

和歌山中富山中

金澤一中天王寺中

天理中愛知三中

姫路中愛知五中申學鳳鳴義塾

小濱

吉相川寛山星井笹大駒安

蹴一轟清土膿鰻

夫六藏郡信美巖臓一衛鄭 輻石茨滋茨輻京石石三石 井川城賀城島都川川重川 近赤申土市小大桐大桐原玉

      氏

藤喋田棚岡懸井三木

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桃山中三重一中

金澤一中

七尾中大野中

魚津中栃木中

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出舅中學大野申斐太中三重一中柏崎中輻井中武生中郡山中天王寺中三土中京都五中  河

三重二中 小 西 来 助 京都 京都五中  金澤孝次鄭 大阪 桃山申後藤卯之吉 三重 眞宗勧學院 山 本 清 一 徳島 徳島中

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叙任思出命

⑱内 油

入月二十二日  京都帝國大學讐科大學助手       讐學博士  陸軍三等軍讐從七位勲六等功五級 任京都府立讐學専門學校敏論

 四級俸下賜

八月二十五日

      金澤留還幸門學校敏授正六位勲六等

 陞叙高等官三等 七級俸下賜

依願脚本官

九月前艮         金澤讐學專門學校助敏授         陸軍二等一六剤官從・七位動型ハ等 任金澤二塁薯門飾二戸授

 叙高等官七等 十二級俸下賜

九月十七艮

         高欄倖讐學雷一門學校︷敏授從ムハ位

 陞叙高等官四等 七級俸下賜

岡暢敬沿 高曲基重

下 雄

阿部蕪 二

(16)

@文部省

九月一日依願免本官 金澤馨學専門學校助教授 佐

⑬陸軍省

 賜一等級

八月十日賜二等級 陸軍二等軍磐陸軍二等軍讐陸軍二等軍讐陸軍二等軍磐陸軍一等軍讐陸軍一等軍讐陸軍一等軍讐

田オ鈴吉 申田木澤   於 三聖峻酷 彌次吉寛

吉 田 幡誠 小原徳太郎 山本幹雄

●海軍省

去月二十九E

濁國駐在輪回英國駐在被仰付

海軍就中読響鈴木寛之助

@石川縣

八月三日 四級俸下賜

八月十五日︐ 石川縣警察盤 吉 田 宗 一  二級俸下賜         君川縣警察讐 吉 見 逓 義八月二十一日 職務チ窺︹ズ      金澤病院壼日記 由︸本外蔵次駅岬

 金澤病院書記チ命ズ        宮川外次郎

  十級俸給與

 囑託チ解ク    金澤病院幹事高橋 秀

八月二十四日

 金澤病院幹事チ命ズ      山 上 岩 雄

  月手解八圓

八月二十八日 職務チ免ズ       金澤病院管理部長 松本彌次郎 金澤病院管理部長チ命ズ      磯野淳太郎

  年俸七百圓

 依願囑託チ解ク   金澤病院調刺部長高山基重

九月五B 金澤病院巡覗長チ命ズ      上村.喜太郎

  月俸戴拾圓

九月八日

 金澤病院磐員チ命ズ      太田爾男︵豊︶

  十一級俸給與︒外科一通部耳鼻咽喉科勤務チ命ズ

 金澤病院藥局部長チ囑託ス        加藤静雄

  年手當煎百圓

九月十七日

金澤病院磐員チ命ズ        盛村和喜男︵大二︶

  十二級俸給與Q内科二部勤務チ命ズ

︵叙任及欝令︶

第十九巻 第十號 ご八一

第百五號.二七

(17)

︵人 事︶ ︵廣 告︶

第十九巻 第十號  二八二 第百五號

ご入

0鰯嵩繭■偏嶋ロ繭暉鵬昌■●聞■■■庸脚口■ロ層冒一■口唱口口■凹口顧幽燭御■國團一一属闘鵬■圏一一幽幽剛謝山口昌昌昌昌咀・障■幽●0馳膠鱒口噴齢■●8●O口■國O●O●一鰯﹁幽口口一口ロ■β騨隣●回O圏口畠腫ロ國嶋口口閏罰■幽餉鵬5四曹薗冒遭凶︑

0井口正重氏︵三五︶ ば病氣の警め逝去されし由九月十三日同氏僚堂よ

 り題知ありれり謹て哀悼の意な表すQ

●楠田利一郎氏へ大元︶ 鳥取縣立病院に留員ぬりし氏に益者の上開業ぜ

・らろ︒    ⑧︐韓  居

弘前市歩兵第三十一聯隊附陸軍一等軍讐

佐世保局氣付神逸丸軍讐長

紳戸市鐘紡兵庫病院

廣島騎兵第五聯隊附陸軍一等軍馨

出 征

馬匡岬縣⁝佐波郡伊一勢崎町八入山ハ

横雪市日本直傾會杜横濱支店衛生課

朝鮮龍山第九擾乱司令部

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北齋美オ赤山長千 川藤原田尾内井田      馨 丈砧丈証拠次運常 松男二次三軒置外

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  左記の方は居所不明に付御・存知の黒影に御手撒ながら本會へ御一

  報下され度御願申上候但し姓名の上に⑨印あろに最近に不明ミな

  り六ろ人々なり

 醤 佳 所東京芝養生園       園崎純次鄭︵晃︶

大阪市東匿京橋三丁日      森岡惣太鄭︵三誠︶

伊熱島國阿籔胃郡河西門村掌・山小田入山ハ       片  岡   正へ全︶

長野縣上水内弓長野町        須田嘉三鄭︵三六︶

富出馬魚津町

石川掌側咋郡高濱河崎讐院内

石川縣能美郡小松町字京町

朝鮮京城旭町二丁目

軍 讐豫備工兵第九大隊

兵庫縣紳戸病院

門司市西川端町二丁日

濁乙國ミユン︿ン市

高知縣高岡郡須崎古市町

近衛野砲兵聯隊

新潟縣中頸城郡新井町.

鈴木藤松戸本西宮富松小前

査嘱久喋騎久村柵

治節 結源:三順稻尾四五蜷 鄭三蔵馬吾郎八作漢郎佐作

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